でも翔は、翔だけは違った。
何度何を言われても覚えられないぼくに、翔は“翔”という存在をぼくにくれた。
翔のことなら覚えていられた。
だから翔のあの綺麗な笑顔や、得意気な仕草の細部に至るまではっきりと思い出せる。
翔の声なら聞こえた。
機械を通さなくとも、翔の声なら感じられた。
両親すら覚えられなかったぼくは、翔が全てで。
ぼくという人間すら、翔にもらった。
ぼくが女なのか、男なのか。
子供なのか、大人なのか。
全部、翔に教えてもらった。
二人の男と女が、パパとママということ。
いつも家に帰ったときにいる小さい人間はぼくの妹だということ。
それ以前に、ぼくの名前は綾嶺で、そう呼ばれること。
わかっていたはずの事を翔から教えてもらって、ぼくは嬉しかった。
記憶をなぞるその幸せな思い出は、きっとだれとも共有できない。
翔は、壊れたぼくを。
再生させてくれたんだ。


