「さっき…ここにいた?」
先に話し出したのは先輩だった。
振り返ったことであっさりと離されてしまったあたしたちの手。
空気に触れて少し冷たく感じるのは、やっぱり手汗をかいていたからだな…なんて全然関係ないことを思う。
「何のことですか?」
「……葵」
突然名前を呼ばれて、ドクンと心臓が跳ねた。
「葵、って聞こえたから」
先輩、ちゃんとあたしの名前覚えてたんですね。
そう思うのは、今までちゃんと名前を呼ばれたことなんてなかったから。
「大丈夫ですよ、誰にも言いません」
ここで誰と何をしてたかなんて、誰にも言わないし、言いたくもない。
「大丈夫、黙ってますから」
「何を?」
「だから先輩が…――」
えっ…
作り笑いのあたしを見据えていた先輩が急に顔を顰めたと思えば。
腕を引かれグラリと視界が傾いて、そのままの勢いで壁に押さえつけられる。
その痛みに顔を歪めるあたしを、至近距離まで迫った先輩が冷めた瞳で見下ろしていた。

