「話がある」
低くて少し擦れた声。
ちょっと冷たさを感じるそんな声色。
「逃げるな」
ねぇ、先輩。
声が、少し震えてるよ?
「何ですか?」
振り返ることも出来ず、あたしの手を握るその手を見つめたまま呟いた。
目の前で重なった二人の手。
震えてるのは、あたし? それとも先輩?
離してもらえない手を引かれて、そのまま先輩の後をついていく。
嫌だったら振り払えばいいのに。
嫌だって暴れればいいのに。
連れて行かれたのはあの部屋の前だった。
もともとそんなに人通りのない場所だけど、今はみんな前夜祭で体育館にいるからいつも以上にシーンと静まり返っていた。
二人の足音と、二人の息遣いまで聞こえる。
遠くのほうでまた軽音部の演奏が聞こえてきた。
ここにいるのはあたしと先輩の二人きり。
変な緊張で手汗がすごいから離して欲しいんだけど。
なんて思いながらも、先輩のその大きな手を振り払うことが出来なかった。

