放課後。
 俺は部活もないため帰路につく用意をしていたが、目の前で知里の席に目をやると、彼女はもういなかった。
 気にも留めずに教室を出て、いつもの帰り道を歩く。大介は部活。麻帆は女子と昇降口でおしゃべりだ。
 校門を出て赤間川沿いに歩いていると、向こうから見覚えのある女生徒がこっちに向かってきている。近づくにつれそれが長谷川知里と分かった。なぜか顔がこわばっている。
(忘れ物か?)
とも思い、すれ違いざまに声を掛けようとしたが、悩んでいるうちに彼女は通り過ぎた。

(ま、いいか)と心で呟いたその時、俺の後方から小さな声がした。

「あ、あの・・・・」

振り向くと長谷川知里が思ったよりも近くに立っていた。
その近さと、風でなびく髪の毛の良い香りに一瞬驚いたが、俺はなんとか声を出した。

「あ、え?どうした?」
不安げな表情の知里は続けた。
「す、すいません!た、たしか、後ろの席の方ですよね?」

「あ、ああ。そうだけど、どうしたの?忘れ物?」

少しだけほっとした表情に変わった彼女は唾をのみこみ、少し間をあけてから思いつめるように言った。

「す、すいません。帰り道が分かりません!」


空気が止まった。


(こ、こいつ、アホか?)
本気で思ったが、麻帆を見習って優しく答えた。

「家どこ?途中まで案内しようか?」


知里は満面の笑みを浮かべ、また半歩近づき言った。
「ぜ、是非とも、お願いします!」


(うわ~こいつ迷子だ)と笑いこらえるのに必死だった。