親父に怒られると思ったが、暇そうに立ち尽くす親父を見てすこしホッとした。
ただ、嫌味は言われた。
「おい、駿。どこまで取りにいってたんだ?アフリカか?」

(出た、オヤジギャグ風の嫌味)

正直に答えた。
「ごめん。そこで大介に会ってさ。ちょっと話し込んじゃった。」
もちろん申告は「少女との出会い以外」のみだ。。

夜空は真っ暗だが、さすがに駅前だけあって周囲は明るい。
時計は19:30を回り、20:00が終了予定となっているためか、ボチボチと片付けが始まった。

「白井園」のお茶は思いの外売れた印象があった。親父もそう思っているらしく少し上機嫌で、商工会議所の人や知り合いと談笑している。拓さんにいたっては既にビールを飲んでいた。

島田さんはよく気がつく人で、お客さんの流れを感じ取ったのか、細かいモノを片付け始めている。

俺もなんとなく島田さんの手伝いをしながら時間をやり過ごしていた。

(あー疲れたぁ)

と、思いっきり伸びをして目を開けた瞬間に、思わず声が出ていた。

「あ、さっきの………」

慌てた。
夕方に俺が見惚れていた少女が目の前に立っていたからだ。

「さっき…?の?」
少女の口から発せられた初めての言葉だった。

「あ!いや、べ、別に!………」
もう最悪だ。
さっきコソコソ話をしていた対象者が、今俺の目の前にいる。
俺は完全に「ヘンタイ野郎」だ。

そんな「ヘンタイ野郎」の慌てぶりに動揺せずに、少女=彼女は恥ずかしそうに聞いてきた。
「あの〜、まだやってますか?」

「へ?」
俺は彼女の質問の意味を全く理解出来てなかった。

「あ!あわ!あ、お、お茶?お茶、ですか?お茶ならやってますよ」
(当たり前だ。何時間お茶を売り続けていたんだ、俺は)

ホッとした顔を見せた彼女が、嬉しそうに言った。
「良かったぁ〜、寒くなってきて温かい飲み物が欲しかったんです。せっかくの狭山なんだから、お茶だなって思って。良かった。一つ下さい。」

想像していた以上に長く喋ってくれたのに驚きながら、舞い上がる俺の声は完全に上ずっていた。
「は、はいぃ!美味しいぃですよ!ひぃ、一つですね。¥150です」

オーダーを親父に伝えようと、後ろを振り向くと、親父と島田さんがニヤニヤしていた。

(ちょ、な、なんだよ。早く淹れろよ)

二人を恨めしく睨みつけていたら、
「あの、お金………」
彼女が手のひらにコインを二枚差し出した。

「あ、どうも。ありがとうございます。少々お待ちください」
俺の上ずり声は若干直っていた。
手が触れるのではないか?とドキドキした。
が、¥150は下のトレーに置かれた。

親父がお茶を淹れる数分が、ものすごく長く感じた。
正面を向くと固まってしまいそうで、事もあろうにお客様である彼女に背を向け、体全体で親父の淹れる姿を凝視した。

すると、背後から彼女が話しかけてきた。
「お茶って美味しいですよね。心が落ち着くし」

「話しかけてくれているお客様」を無視するわけにはいかない。
でもなんと答えれば良いのかも分からない。

勢い良く振り返って、彼女を正面視した。そして言葉を発しようと息を吸ったその時。
背後から声が。

「お茶は好きですか?お嬢さん?」

まさか、俺が言おうとした言葉を親父に奪われるとは思いもしなかった。
放心状態の俺は、透明人間にでもなったかのようにスルーされ、彼女がハッキリと答えた。
「はい。大好きです!しかもお茶屋さんに淹れて貰えるなんて、幸せです!」

淹れたお茶を片手に持ちながら、中年の「お茶インストラクター」は図々しくも俺の隣まで越境し、そのカップを直接彼女に渡しやがった。
「どうぞ。良かったら二煎目もいかがですか?」

(おいおい。ホント、図々しいぞ親父)

彼女はカップを受け取り、カップからの香りを感じると笑顔になった。
「ありがとうございます。うわ〜いい香り。兄を待たせているので、また今度いただきに伺います。ありがとうございました。」
深々と頭を下げると、小走りで遠くに離れたアイドルグループ系の男子の元へ向かった。



俺は軽く口を開けたまま突っ立っていたのだろう。
「口開いてるよ」っていう親父のツッコミに返事をせずに、代わりに目で訴えておいた。
(オレのセリフを取りやがって)



しかし、なぜか嬉しかった。
「声が聞けた」こと。
「お茶が好きだ」ということ。
「また伺います」という言葉。

一番嬉しかったのは、実はあの「アイドルグループ系男子」が「お兄ちゃん」だった事かもしれない。