空が暗くなり、キャンドルにも火が灯されている。予想通り温かいお茶を中心に売り上げも上々で、注文を受ける俺の後に親父が立っている。
俺は「売り子」が主な仕事で、普段から茶業を手伝ってくれている島田さんが、俺や親父のサポートをしてくれている。おそらく島田さんが一番大変だと思う。


俺が注文を受けて、親父がバックスペースでひたすら急須でお茶を淹れる。



 お茶の好みは多様で、一煎目が好きな人もいれば、二煎目こそがホンモノだ!という人もいる。特に俺が生まれ育った町は、お茶の名産地なので、一般の人でも結構舌が肥えているから尚更だ。正直、その多様なニーズに応えるのは難しいので、割と万人にウケが良い「藪北の深蒸し」を使っている。

 俺が労働する「白井園」のテント以外も人集りが目立ち、イベント自体も盛り上がっているようだ。

 キャンドルの揺れる灯りは幻想的で、会場の下ではアーティストによるライブ演奏が始まっていた。同じぐらいの年代のヤツらを見ていると、
(俺、なんでこんな事してんだろ)
って思ってはみるが、その思考を抑え込むように後ろから親父の命令が響く。

「駿!悪いけど、クルマから茶葉を取って来てくれる?」


とりあえず抵抗する俺。
「え、もう無いの?なんで余分に運んでおかないんだよ」
中学生のルーチンな抵抗などは全く気にしないようだ。
「ごめんごめん。思ったより売れちゃってさぁ、助手席のダンボールにあるから、ダンボールごと持って来て」

お茶を淹れる親父。
臨機応変に動き回る島田さん。
売り子の俺。

誰がどう考えても、取りにいく役回りは俺しかいないようだ。

 割り切ると、そんなに嫌ではない。ずっと同じ場所に立っているのにも飽きていた所だった。
「へいへい。行きますよ。キー貸して。」


 親父からキーを預かると、「駅前広場」からの坂を下りはじめた。

 坂にもキャンドルが並び、通りゆく人が普段とは違った町並みをデジカメやスマホに収めていた。
 クルマの場所へはそう遠くはない。「駅前広場」からの坂を2-3分ほど歩き、和菓子屋の交差点を左折してすぐだ。命令された通りに助手席からダンボールを取り出し、来た道をまた戻る。

(もうちょっとブラブラしたいのにな)

 そんな思いを抱きながら、和菓子屋がある坂の通りまで戻ると、道路の向こう側に居る若い男女に目がいった。男性の方は俺より年上なのがすぐ分かった。多分、高校生ぐらいだろう。
細身で背が高く、涼しげな顔立ちは、今時テレビでよく見かけるアイドルグループ系だ。


一方、親しげに話す女性。
言うまでもなく俺が目を奪われたのは、この子の方だった。

 俺と同じ年ぐらいにも感じるが、もう少し上かもしれない。束ねていない黒く長い髪がそう思わせているのかもしれないが、その笑顔が印象的だった。

 駅から吹き降ろす風が、坂に並ぶキャンドルの灯火を揺らすと、同時に少女の髪も揺れ、少女は両手で長い髪の毛を束ねた。
その時一瞬目があった。


いや、「あった気」がした。


 なんとなく気まずく思い、目そらして歩を進めようとしたその時、俺の背後から生温かい太い腕が絡みついてきた。

「コラ!駿!何見てんのぉ〜?」

振り向かずとも絡みついた腕とその声で、誰だかは分かった。

「痛っ!おい、大介!」



 吉羽大介は小学校からの友達だ。
 家業の定食屋には、小さい頃からよく行く。体は俺よりデカくて、小学校の頃は必ずリレーのアンカーだったぐらい運動神経も良い。
 中学になって野球部に入ったが、毎週末が部活で潰れるのをいつもボヤいている。わりとお調子者のような部分があるが、小学校の時は大介と遊んでいる時が一番楽しかった。

 この世に「親友」という言葉があるが、世間一般の定義上、俺はコイツの事を「親友」と表現するだろう。

 その「親友の大介くん」が、絡みつきながら俺の耳元で囁いた。
「あの女子見てたでしょぉ〜、駿く〜ん。イヤだよぉ、色気付いちゃってぇ〜」

 うっせ〜なと思ったが、事実なので否定のしようが無い。
確かに「ダンボールを両手で抱えて、道端で立ち尽くしている中学生」は目立つだろう。

 話題を変えるつもりで、攻勢に回ってみた。
「っていうか、オマエは何やってんだよ。部活は?」

 大介は絡みついた腕を外し、胸を張って答えた。
「よくぞ聞いてくれた!普段の一年の働きを評価してくれて、なんと今日はオフです!嬉しいなぁ〜」
と、顔面を腕にくっつけて泣く素振りを見せるお調子者。

「へぇ、良かったじゃん。『ボール拾いのエース』にも休みをくれるとは、いい先輩達だねぇ」
皮肉混じりに言ったのだが、あまり気がついていないようだった。

大介の頭の中は、俺がロックオンしていた少女への興味でいっぱいのようだ。

「で?駿、あの子だれ?」
小さく指を指して俺に問いかける。

当然知る由もなく、一応興味が無いフリもしてみた。
「シラネ。東中の子じゃん?」

俺たちは『入間川中学校』で、「東中」とは隣の学区の『入間川東中学校』の事だ。

大介は鼻で笑った。
「いや。東中でもあれだけ可愛ければ、オレの耳に入るハズだ。中2ぐらいかな。っていうか、あの男の方は彼氏か………」

コイツの根拠に乏しい自信がどこから湧いてくるのかは知らないが、確かに少女の雰囲気は、この界隈ではお見かけしない。
後半の「彼氏か否か」は俺も興味があったが、あれだけの美形面だと、考えただけで敗北感に悩まされる。

美男美女は、俺達を背にしてキャンドルナイトの会場の一つである「徳林寺」へ歩き始めた。

その後ろ姿を、俺がぼんやりと見つめている間も、大介は「中2?いや中3?中1にしては落ち着いてるな……彼氏は高校生だろうし……」とブツブツ自問自答を繰り返している。

念仏を唱えるような大介の独り言で、俺は我に返った。
(やっべ!戻らなきゃ!)

「親父の命令」をすっかり忘れていた俺は、「独り言男」を放置してダンボールを抱えながら坂を全力で走って登った。