知里は何度か振り向いた。
振り向いたが、下り坂のカーブが視野を遮り、駿の姿は見えなかった。
転校の度に道に迷う。
前回の転校先だった小松では一時間以上迷ったあげく、心配して探しに来た兄に“保護”された。
今日は同級生に途中まで送ってもらったが、こういうパターンは初めてで、知里は何か「幸先の良さ」のような予感めいたものを勝手に感じていた。
同時に父親の言葉を思い出した。
「狭山って、自衛官の家族が住みやすい街らしいぞ」
駿と別れた方向を眺めながら心で呟いた。
(お父さん、そうかもね)
ザザっと音を立てて冷たい風が吹き抜ける。
11月の新入生はゆっくりと家路に歩を向けた。
===========
俺は特に言わなかった。
昨日のキャンドルナイトで「“お茶を買いに来た少女“と一緒に帰ってきたこと」を。
父親に突っ込まれるのが面倒だったし、なんとなく言うのが勿体ないと思ったからだ。
食事を終えて部屋に戻ろうとすると、玄関のインターホンが鳴った。
「駿!出てくれる?母さん、洗い物してるの」と奥から指令が響く。
「ん?ああ」と返事をして玄関に向かう。
「はーい」と扉を開けると、そこには“酒屋の娘”が立っていた。
「お?どうした?麻帆」とちょっと驚いてみせると、麻帆は一升瓶を俺に向かって突き出した。
「はい。お父さんのご注文の品。早く飲みたいだろうと思って、届けてあ・げ・た・の!」
中学生が一升瓶を自慢げに突き出している姿に吹き出しそうになったが、“自分の父親のオーダー”と聞くと、幼馴染といえどもなんだか申し訳なくなって笑えなかった。
「え?まじで?ウチの親父?」
一応聞いたが、配達先を間違うはずはない。
「お客さんの注文には即座に対応!それが進藤酒店の伝統!です!」
なぜか麻帆はピースサインしている。
「あ、ああ。ありがとうな。お金は?」
さっと手のひらを出しながら答える麻帆。
「2万円になりまーす」
面倒くさそうな俺のリアクションを察してか、麻帆は言い直す。
「それか。映画に一回付き合うか?」
さらに面倒くさそうな顔の俺を見て、
「うそうそ。お代はツケね。」
「ったく、駿って、マジで冗談が通じないよね」
最後はブツブツと小声になった。
「そういえば、駿さ、今日の転校生の事知ってたの?」
いきなりの質問に俺はたじろいだ。
その表情を見てすかさず麻帆は続けた。
「やっぱり…な。駿と大介だけ、他の男子とリアクションがなんか違うって思ったんだよね」
(女の勘って怖ぇ〜)って思いながらも、別にやましい事があるわけでないので、事実を伝えた。
「この間のキャンドルナイトで大介と一緒に見掛けたんだよ、長谷川の事を」
「珍しいね、駿。すぐに名前覚えちゃうんなんて。ふーん。可愛いもんねぇ〜長谷川さん」
明らかに男子の弱みを攻めてくる麻帆。
お茶を買いに来た事や、一緒に下校した事は面倒だから言わずにいたが、細目で睨む麻帆の視線が、なぜか怖かった。
「ま、いいや。でもさ、長谷川さんってさ、なんかアタシ仲良くなりそうな気がするんだよね。今度、誘ってどっか行こうよ。ね!?」
「あ、ああ」と頷き、改めて麻帆の前向きさに感心した。
そこへ親父がやってきて、配達されたお酒について麻帆に礼を言っている。
「じゃぁ、おじさん、またご注文よろしくお願いしまーす!」
麻帆は敬礼して玄関を出て行った。
「麻帆ちゃん、偉いな。しっかりお母さんの手伝いして。天国のお父さんも喜んでるだろう。」
そう。
麻帆の家は、父親が早くに亡くなり、女手で家業の酒屋を経営している。
「まぁ、もっとも。お酒を届けに来るのが目的ではないんだろうけど………な?」
とニヤついた顔で俺を見る親父。
「な、なんだよ?知らねぇよ」
見透かした目線を背にして、俺は部屋に戻った。
振り向いたが、下り坂のカーブが視野を遮り、駿の姿は見えなかった。
転校の度に道に迷う。
前回の転校先だった小松では一時間以上迷ったあげく、心配して探しに来た兄に“保護”された。
今日は同級生に途中まで送ってもらったが、こういうパターンは初めてで、知里は何か「幸先の良さ」のような予感めいたものを勝手に感じていた。
同時に父親の言葉を思い出した。
「狭山って、自衛官の家族が住みやすい街らしいぞ」
駿と別れた方向を眺めながら心で呟いた。
(お父さん、そうかもね)
ザザっと音を立てて冷たい風が吹き抜ける。
11月の新入生はゆっくりと家路に歩を向けた。
===========
俺は特に言わなかった。
昨日のキャンドルナイトで「“お茶を買いに来た少女“と一緒に帰ってきたこと」を。
父親に突っ込まれるのが面倒だったし、なんとなく言うのが勿体ないと思ったからだ。
食事を終えて部屋に戻ろうとすると、玄関のインターホンが鳴った。
「駿!出てくれる?母さん、洗い物してるの」と奥から指令が響く。
「ん?ああ」と返事をして玄関に向かう。
「はーい」と扉を開けると、そこには“酒屋の娘”が立っていた。
「お?どうした?麻帆」とちょっと驚いてみせると、麻帆は一升瓶を俺に向かって突き出した。
「はい。お父さんのご注文の品。早く飲みたいだろうと思って、届けてあ・げ・た・の!」
中学生が一升瓶を自慢げに突き出している姿に吹き出しそうになったが、“自分の父親のオーダー”と聞くと、幼馴染といえどもなんだか申し訳なくなって笑えなかった。
「え?まじで?ウチの親父?」
一応聞いたが、配達先を間違うはずはない。
「お客さんの注文には即座に対応!それが進藤酒店の伝統!です!」
なぜか麻帆はピースサインしている。
「あ、ああ。ありがとうな。お金は?」
さっと手のひらを出しながら答える麻帆。
「2万円になりまーす」
面倒くさそうな俺のリアクションを察してか、麻帆は言い直す。
「それか。映画に一回付き合うか?」
さらに面倒くさそうな顔の俺を見て、
「うそうそ。お代はツケね。」
「ったく、駿って、マジで冗談が通じないよね」
最後はブツブツと小声になった。
「そういえば、駿さ、今日の転校生の事知ってたの?」
いきなりの質問に俺はたじろいだ。
その表情を見てすかさず麻帆は続けた。
「やっぱり…な。駿と大介だけ、他の男子とリアクションがなんか違うって思ったんだよね」
(女の勘って怖ぇ〜)って思いながらも、別にやましい事があるわけでないので、事実を伝えた。
「この間のキャンドルナイトで大介と一緒に見掛けたんだよ、長谷川の事を」
「珍しいね、駿。すぐに名前覚えちゃうんなんて。ふーん。可愛いもんねぇ〜長谷川さん」
明らかに男子の弱みを攻めてくる麻帆。
お茶を買いに来た事や、一緒に下校した事は面倒だから言わずにいたが、細目で睨む麻帆の視線が、なぜか怖かった。
「ま、いいや。でもさ、長谷川さんってさ、なんかアタシ仲良くなりそうな気がするんだよね。今度、誘ってどっか行こうよ。ね!?」
「あ、ああ」と頷き、改めて麻帆の前向きさに感心した。
そこへ親父がやってきて、配達されたお酒について麻帆に礼を言っている。
「じゃぁ、おじさん、またご注文よろしくお願いしまーす!」
麻帆は敬礼して玄関を出て行った。
「麻帆ちゃん、偉いな。しっかりお母さんの手伝いして。天国のお父さんも喜んでるだろう。」
そう。
麻帆の家は、父親が早くに亡くなり、女手で家業の酒屋を経営している。
「まぁ、もっとも。お酒を届けに来るのが目的ではないんだろうけど………な?」
とニヤついた顔で俺を見る親父。
「な、なんだよ?知らねぇよ」
見透かした目線を背にして、俺は部屋に戻った。
