私は彼のことを何も知らない。知っているのは彼が『死ねない』ことだけ。

瀬川が彼の代わりだと言っていた。代わり、というのがどういう事かはわからない。でも、だからそこ聞かなきゃいけない。

「瀬川氷蓮、あんたの知ってること全部話して」

瀬川はじっと私を見ていたが、ほんの少しだけ表情を緩めた。笑ったというには乏しいが、確かに柔らかくなった。

「伊吹は恭一郎が人だったと思う?それとも化け物だったと思う?」

初めて瀬川にフルネーム以外で呼ばれた。

質問はごく簡単でごく難しい。

「その基準は何?彼…恭一郎は人とは違ってたかもしれない。でもちゃんと心があった。人を慈しめる、大事にできる、人のために涙を流せる。それが人としての条件なら、恭一郎は人だった」

最後まで私を想ってくれていた。死なないとは言えども、痛みはあっただろう。

きっと『慣れた』とか笑って言うんだろうけど、それは彼がそれほどまでに自分を犠牲にして他者を思ってきたということ。

「伊吹。もし恭一郎の想いを無駄にしたくないなら、何も聞かずすべて忘れて」
「……ごめん、嫌だ」

--恭一郎、ごめんね。あなたが巻き込まれて欲しくなかったの、知ってる。でも知りたいの。

あの時、泣きながら遠ざけようとしていたのを覚えている。でもきっと再会の約束を果たせたなら、話してくれていたでしょ?

「……わかった。でももう、今日は帰ろう。日が沈んだ」

紅はいつの間にか紺碧に変わり、ちらほらと星が見え始めた。

「送るよ」

本音を言うなら一刻も早く聞きたかった。でもそれが短い時間で終わるとは思っていなかったのも事実だ。私は大人しく家へと帰ることにした。