医大の卒業と前期・後期ともに研修を終えた俺は、
そのまま今の病院に残るか、帰郷するかの選択に迫られていた。

そんな時、母からの電話がスマホを振るわせて俺の未来は決まった。


卒業後からずっと研修先としてお世話になっていた病院のスタッフに別れを告げて、
アパートに戻ると、ワンルームマンションの荷造りを済ませる。

時間に追われて殆ど出来ていなかった引っ越し準備を何とか済ませて、
予定通りにお昼前に荷物を引っ越し業者へと引き渡し、
俺は愛車に乗り込んで、東名高速・伊勢湾岸道・伊勢道と高速道路を走り続けて
帰路についた。


前日から殆ど睡眠がとれなかった俺は途中のサービスエリアで
車内仮眠をとって地元に辿り着いたのは、明け方近くになっていた。

殆ど車が走っていない伊勢道を走り抜けて伊勢神宮最寄りのインターチェンジを降りると、
市街地方面へと5分ほど車を走らせた。


帰りついた実家前の駐車場は俺の車が止めやすいように
一台分だけあけられていた。

その場所へ車を駐車して、エンジンを切ると一息ついて目を閉じる。

駐車場から覗く実家の中は、窓から部屋の灯りが零れていて
起きているのが感じられた。

手荷物を後部座席から掴み取って、車を降りると玄関のチャイムを鳴らす。


すぐに内側からドアが開かれて、少し年をとった母親が俺を迎え入れた。


「ただいま」

「お帰り孝悠。
 お風呂、わかしておいたよ。
 朝ご飯も出来てるけど、どっちにする?」



玄関から家の中に入ると、荷物をリビングのソファーに置いて
そのまま仏壇の前へと直行する。

閉じていた仏壇を開いて、リンをチンチーンと二度ほど叩くと
ゆっくりと合掌して話かける。



この中で眠っているのは、祖父ちゃん、祖母ちゃんと俺の双子の弟・孝輝【たかあき】。


「あぁ、孝悠。
 仏壇開けてるならご飯とお水も頼むわ」


母さんから新しいご飯とお水を受け取って、仏壇の中へとお供えする。
俺が仏壇にお供えしている間に、別の場所にある神棚には母さんがお神酒を備えていた。


「さて、ほらっ孝悠。こっちで座りな」



そう言って俺をダイニングの椅子へと座らせると、
早くから作ってくれたであろう朝食が運ばれてくる。

白飯・赤だし・あおさのりを練り込んで焼いた玉子焼き・焼き魚・伊勢たくわん。
どれも昔から我が家の朝食に定番のおふくろの味だった。



母さんと向かいあって朝食を食べながら、俺は気になっていた親父のことを切り出す。


俺の帰郷のきっかけになったのは、親父が健康診断で癌が見つかったからだ。

発見が早かったということだが『癌』と言うキーワードに動転してしまった母さんからは、
それ以上の状況を把握することは難しく弟が先に他界している我が家では、
残された子供は俺と大学生になったばかりの妹のみ。

その妹も今は県内から出て、一人暮らしをしている。
そんなわけで、研修期間も終わった俺が帰郷するのが家族が安心する選択だった。



「それで父さんは?」

「今は日赤でお世話になってるよ。
 母さんも今日は通院日だから、朝から病院に行って、父さんのとこに顔出してくるから」

「了解。
 俺も風呂入って少し仮眠してから日赤に顔出すよ。
 医局に挨拶もしておきたいしな。

 んじゃ、ごちそうさま」


綺麗に平らげた後の食器を洗い場へと運んで、
そのまま手荷物を二階の、俺の部屋として昔から使い続けていた場所へと運び込んだ。

窓を開けて部屋の中に空気を取り込みながら、
ふとタンスの上に飾られていた兄弟の写真に目を向ける。

悪ガキだった俺と弟が、生まれて間もない妹・七海【なつみ】を奪い合って
抱きしめてる懐かしい写真。


……まだ残ってたんだな……。


その写真を最初に飾ったのは孝輝。


着替えだけ鞄から取り出して、再び一階へ降りると
風呂場へと向かう。