孝輝の命日の朝。
実家の自室から服を着替えて、仏壇へと手を合わせる。


「あっ、おはよう。お兄ちゃん。

 今日、私お兄ちゃんの車借りるから、
 お兄ちゃん出掛けるならお父さんに車借りてね。

 じゃ、名古屋行ってくるよ」


っと慌ただしく家を飛び出していく七海を見送る。


そのままリビングで新聞を読む父さんに声をかけて、
朝ご飯を食べ終えると、父さんにベンツの鍵を借りて鳥羽へと車を走らせた。


楓文ちゃんを迎えに行って、最初に向かうのは孝輝が眠る墓地。


アイツの命日の今日、オレにとっても彼女にとっても大きなパンドラの箱を開けようと思った。

前に進めるか、その場で潰れてしまうかは
一つのカケでしかなく、前進できる保証なんて何処にもない。


まだ時期が早いと臆病になる俺自身と、
今、動きださなきゃ何時するんだと……俺自身を突き動かす心。

2つの心が複雑に交差してた。


ベンツで彼女を自宅に迎えに行くと、驚いたような表情と、寂しそうな表情で
戸惑いながら助手席へと座る。


「先生、ベンツ乗ってたんですね」

「今日は父さんに車借りてるだけだから。
 俺の車は、妹に奪われてさ」

っと言葉を返す。


そうこうしていると、彼女は少し落ち着いてきたのか、
この車に慣れて来たのか、流れる洋楽にあわせるように、
そこにあるはずのない弦を弾くように、エアギターを楽しそうに始める。


リラックスしてるのを感じ取れた俺は、
そのまま音楽に纏わる会話を出して車内の時間を楽しんだ。


多分、彼女が笑っていられるのは今だけだろう。

今俺が、向かっていのは孝輝が眠る場所。
ただの一ファンだった彼女なら、決して知ることのなかった場所。

だけど彼女は俺と出逢ってしまった。


俺はなんて……残酷なことをしてるんだ。
自分で向き合うのが辛すぎて、彼女を利用してる。



そんな俺に彼女は真実を知った後も笑い返してくれるだろうか。
心の中はざわつきすぎて、どうしていいかわからにい俺自身。


それでも目的地へと車は到着する。


「少し付き合って貰えるかな?」



俺が車を停めた場所をキョロキョロと眺めて、
彼女は驚いたような顔を見せて、きつく唇を閉ざす。


先に運転席から出て、助手席のドアを開けると
彼女が立ち上がりやすいように、手を差し出してゆっくりと立たせた。


「さっ、行こうか。
 こっちだよ」

声をかけて、先を先導するように先日も訪れた場所へと足を向ける。

楓文ちゃんの歩くスピードは足元がヒールなのも重なってスローで。
だけどあのゆっくりと歩くスピードの要因が、
靴だけではなく楓文ちゃんの心の問題も含まれていることを感じ取る。


『垂髪家 先祖代々の墓』。

そう記されたお墓の前に彼女が到着したのを確認して、
俺は水を汲みに行くからと、その場を離れた。


お寺の境内に近い場所へと急いで水を汲んで戻ってくると彼女は、
墓標を見て何かに気付いたみたいだった。

彼女が立ち尽くすのを感じながら、
俺は慌てて花筒の花を取り出し、筒を洗って水を注ぎ、再び花を戻す。

法事の時に来たばかりだから、花はまだ十分に綺麗だった。

その後も墓石を洗って、タオルでゆっくりと拭きあげると
今度は線香に火をつけて、ゆっくりと備えた。