先生と楽しい時間を過ごせた、みなとまつり。

そして八月になって、お父さんも無事に自宅療養に切り替わって退院した私は、
仕事帰りに通い続けた病院にも行くことがなくなった。

先生の連絡先は、スマホのアドレス帳には登録したものの
何度か電話番号を表示することはあっても、発信ボタンを押すのと出来なくて
何もなかったみたいに、液晶に表示した電話番号を消した。

世の中は夏休み。
観光客が増える中、暑い日々の中でも、いつもと変わらない舞女の着物を身につけて
仕事を頑張る。

エアコンなんて便利なものは、仕事中つかえるはずもなく、
水分補給をまめにしながら、熱中症で倒れないように必死にやり過ごす。

体調を崩した参拝者が、何度か救急車で病院に運ばれていくのも見送った。


仕事の後は、来月のLIVEに向けてエチュードへと直行する。

抑えているスタジオに籠って、歩乙衣と碧夕が揃うまで一人で必死に練習をして
感覚を取り戻す。

八月は大嫌い。

八月は、私からUNAを奪った月だから。
一年前の八月十二日。

UNAは帰らぬ人になった。
お葬式もファン私は行けるはずもなく、ただ家に閉じこもって泣き崩れてた。


暫くはご飯も食べれなくて、体が悲鳴をあげたのか高熱も下がることなんてなかった。


ボーっとしながら高校生活最後の夏休みは終わって、流されるようにいつもの日常が始まったものの
私の生活の中にはUNAが感じられなくて、生きているのか死んでいるのか、自分でもわからない時間が続いた。

もう一度、音楽をやりたい。
音楽をやってる時は、遠くなってしまったUNAを近くに感じられる気がして。

そんな風に考えられるようになるまで、四ヶ月以上もかかってしまった。
そんな夏が近づいてくる。


Four Rosesの曲を何曲か演奏して、マイクの前で歌ってみる。
よしっ、今日は声の伸びも平気かな。

そう思った私は、そのままギターを弾きながら大好きなUNAが歌っていたポラリスを弾き語る。


ふいに外からガチャっとドアが開く音がしてベースを手に入ってきた歩乙衣と、
グルグルと手首の柔軟をしながら入ってくる碧夕。



「おっ、久しぶり。
 楓文が、ポラリス歌ってるの。

 次のLIVE、アンコールでカバーしようか?
 昔みたいに」



そう言って歩乙衣は早々にアンプに繋げたベースで、ポラリスのベースラインを演奏し始める。
すると碧夕もすぐに、ドラムセットの前に座って、あっと言う間にリズムを取り始める。

その日は、成り行きで、UNAのポラリスのカバーから演奏をはじめて、
オリジナルの曲。そして……新曲の打ち合わせと、濃い内容で練習が終わった。


そのままエチュードを後にすると、今日は用事があるらしい歩乙衣と碧夕と、その場で別れる。
歩乙衣は迎えに来た元葵の車に乗り込んで、碧夕も迎えに来たお兄さんと何処かへ移動する。

愛車に乗り込んだ私は、気になってたCDを思いだして、病院の前のレンタルショップへと足を乗ばした。

もう一つのレンタルショップでもいいんだけど、
だけど病院の近くのあの店ににいったら、もしかして先生とに会えるかもしれない。

そんな風に思ったから。

スタジオから僅か五分かかるかどうかの道程を車で走って、
スーパーの駐車場で車を停める。

明日の仕事のおにぎりの中身を考えて、
飲み物を調達すると、車の中にエコバッグを放り込んで、ツタヤの方へと歩いていった。

するとツタヤの前で見つけたのは先生。

会いたいと望んだ時に会わせてくれる、アマテラスに感謝しながら
私は先生の方へと急ぐ。


「先生、久しぶり」

先生は何故か凄く疲れているように見えて、
凄く心配になった。

「楓文ちゃん、今帰り?」

「今、エチュードで練習終わって、
 気になってるCD借りに」

「っていうか、先生今日かなり疲れてる?」

「そんなことないよ」

「それって嘘でしょ。
 そんなことないって顔してないもん。

 嘘ついたらダメなんだよ。
 しんどい時は、別にしんどいって素直にいったらいいじゃん」


生意気なことを言ってる。
だけど……『神様が見守ってくれてるんだから、楓文も嘘だけはついちゃいけないよ』って
小さなときに亡くなったお祖母ちゃんの言葉が湧き上がって来て、先生に言っちゃった。

背の高い先生のおでこに手を付けるには、背伸びしなくちゃ届かないから
精一杯の背伸びをして。