みなとまつり当日。
朝、当直明けで実家に帰宅して、そのまま昼頃まで仮眠した。

父さんが経営する垂髪医院も休業期間を終えて通常のスタイルへとようやく戻った夏。

昼を過ぎて起きた俺は、そのまま鳥羽に向かって車を走らせた。
鳥羽駅近くの駐車場に車をとめて、彼女の携帯へと初めて電話をかけた。

行かないという選択肢もあったはずなのに、
俺の心は、その選択肢を選ぶことはしなかった。

彼女に惹かれていく俺を、これ以上を蓋をするになんて出来なかったから。
デートを約束した日から、この日まで楓文ちゃんと会うことが出来なかった。

だからこそ……この日へと想いは、俺の中でも勝手に膨らんだ。

あげだこ・ホルモンそばっと、最初案内された彼女のテリトリーの紹介に
戸惑ったものの、すぐにありのままの飾らない彼女自身を見せてくれていることに嬉しくなった。

彼女が家の近所を歩くたびに、次から次へと彼女知る人たちが気さくに声をかける。
そんな声にも、彼女は嫌な顔一つせずに、笑顔を見せながら会話を楽しむ。

楓文ちゃんが、地域の皆の優しさと、ご両親の愛情で優しい子に育ってきたんだなって
強く感じとることが出来た。

彼女と過ごしてる時間は楽しくて途中、病院からの電話の時も仕事の電話に戻るのが
惜しいほどだった。

何とか病院に戻らない方向で対処をすることが出来て、
ほっと胸をなでおろして、彼女の方に帰りかけた時、誰かに絡まれてる彼女が視界に入った。

慌てて駆け寄って、彼女と若い男の間に入る。

一方的に彼女を責めようとするそいつに対して、
大人気なくも、嫌みの一つを言い残したくなった。

この場で喧嘩をさせるのはスマートじゃない。
それよりも、少しでも早く、この場所を離れて彼女に笑顔を取り戻してやりたい。

その一心で、その場をやり過ごした。

その後も楽しい時間はあっという間に過ぎて花火を見終えた頃には、
彼女と離れるのが寂しいと思えるほどだった。

だけど彼女を連れ帰るなんて出来ない。

彼女は……未成年で彼女は神宮の舞女。
溢れる想いを必死にとどめて別れ間際、今度は俺の連絡先を記した紙を彼女へと手渡した。

たったそれだけのことなのに、彼女は凄く嬉しそうに俺に微笑みかけた。

「先生からは連絡先、貰えないかと思ってました」

「貰えない?俺の方こそ、前に一度メールしたけど反応がなかったから、
 迷惑だったかなーって」

俺の言葉に慌てて過去のメールを読み返した彼女は申し訳なさそうに、そのメールを表示させて嬉しそうに再度笑った。

その夜、繋がったLINEでスタンプと共に、感謝の言葉とお休みなさいが送られてくる。
そんな彼女に返信を返して俺も休んだ。


そんな花火大会から更に時間は過ぎて八月。

花火大会以降、彼女はお父さんが無事に退院したこともあって
病院に顔を出すことはなくなり、俺自身も仕事に追われたり、あの日が近づいてくることで
精神的にも不安定な時期で、意図的に彼女と連絡を取ることを控えた。


八月九日、その日は孝輝の一周忌法要。

一年前のあの日まで後三日。

朝から喪服に身を包んでお寺へと向かいお経を唱えて貰う。
その後、お墓参りをして、自宅へと戻って集まってくれた親族の接待に追われていた。

酒が入ると、人はいろんな顔が見え隠れする。



ビール瓶を手に、テーブルをまわって叔父さん達のグラスにビールをつぎながら会話を続ける。



「孝悠君、立派になって。
 今は日赤に居るんだろ」

「まぁ、兄さんも安泰じゃない」

「孝悠君がその場に居たら……孝輝君も……」

「おいおいっ。
 そんやこと言うもんじゃないよ」

「だけど……孝輝君もまだまだこれからだったのに」

「アイツはあかん。
 音楽みたいな、しょうもないものに夢中になるから
 あんなことになるんだ。

 孝史【たかふみ】も、良く許したもんだよ」


孝史とは俺たちの父の名前。