スタジオ・エチュードミュージック
23号線からちょっと入った場所にある。

小学生の時にお父さんに連れられてスタジオに来て、
そのままギターを習い始めたこの場所で今はバンドの練習をしてる。


歩乙衣と碧夕は、高校時代からこの場所で出逢って共にバンド活動をしてる仲間だった。


駐車場に車をとめて、ギターを抱えて建物の中へと入ると
母が尚君と呼んでいたその人が私を迎え入れてくれた。



「久し振り、楓文ちゃん。
 仕事はどう?芙美【ふみ】ちゃんが心配してたよ」


芙美って言うのは母の名前。 


「もう。母さんたら勝手に心配ばっかして。

 研修が終わっても毎日が大変だよ。
 朝は早いし、起きるの辛いし。

 この間なんて眠すぎて朝熊道で居眠り運転しかけて焦ったって」

「危ない。危ない。
 事故ったら洒落にならないよ」



尚さんが私を気遣って紡いだ『事故』と言う言葉に、
私の体はピクリと反応する。

そんな些細な変化を見逃さなかった尚さんが「ごめん」っと
口にする。


「ううん。
 こっちこそ、ごめん。

 ちょっと洗面所行ってくる」

「あぁ。
 今日のスタジオはAルームだから。
 歩乙衣ちゃんと碧夕ちゃんには伝えておくよ」


そう言うと尚さんは、そのままスタジオの方へと移動していく。
私は洗面所で、鏡を見つめて手だけを洗いながら気持ちを切り替えていく。



今から練習。
もうすぐ久しぶりにLIVEするんだから。


その為には、集中して練習しなきゃ。

悲しんでる時間も、泣いてる時間ももう終わりにするって
決めたんだから。


自分自身に言い聞かせて、両手で頬を叩いて気合を入れる。

そのまま化粧室を後にして、Aルームへと入るとすでに八畳のその部屋には
歩乙衣と碧夕がそれぞれの楽器を準備して、スタンバってた。



「おはよー。遅くなってごめん」

「いいよー。

 それより、ちゃっちゃと準備して飛ばしていくよ。
 今日はスタジオ二時間だから」


歩乙衣の言葉に、私はギターをケースから取り出してアンプに繋げると
そのままスタンドマイクの前に立って、ギターストラップを肩からかける。

だらーんと腰よりも少し下くらいに位置するギターを手にして、
後ろを振り向いた。



「よしっ。んじゃ、Four Roses今日、一本目の練習始めるよ」

碧夕がスタジオ備え付けのヤマハのドラムセットの前で、
スティックを打ち鳴らして、激しくドラムを叩き始める。


碧夕のツインペダルがドコドコとバスバラを刻み、歩乙衣のベースが乗っかると
私はギターをコードで掻き鳴らしながら、マイクとの距離を測って声を乗せていく。



久しぶりすぎて、声が伸びない。


声は精神状態にも大きく左右されるって言うから、
今日なんて、清香のあの話を聞いた後なんて……伸びるはずもない。


それでも何とかラストまで歌い通して、
歩乙衣と碧夕に両手をあわせて「ごめん」っと謝る。



「楓文、どんまいっ。
 そんな二か月ぶりの練習で一発目から完璧に歌えるなんてありえないし。

 声はあっためながら、無理のない範囲で歌ってよ。
 声帯、傷つけても損だからさ。

 んじゃ、さっきの曲。
 もう一度サウンドだけで行こうか。

 私も久しぶりすぎて、歩乙衣のベースにかなり助けられてるんだよね」



そう言うと、碧夕は再びスティックを打ち鳴らして二度目の練習に入る。


ギターのコードを順番に抑えて、マイクに向かいながら
もう一度、二ヶ月前の感覚を取り戻そうとするもののやっぱり、声が思うように伸びなくて
マイクに向かえば向かうほど、思うように歌いこなせない。


二時間の練習の最後の方には、声は殆ど出すことなく小さく歌詞を口ずさむ程度で
ギターの練習をメインにおいての状況となってしまった。



それでも時折水分補給だけしながら、ぶっ通しで演奏練習を終えた私たちは
クタクタになりながら、スタジオの扉を開いた。