「えっと……。あっ……、すいません。
 泣くなんておかしいですよね。

 最近は……UNAを聴いても泣くことなんてなかったのに」



そう言いながら彼女は必死に両手の指先で自分の涙を拭っては必死に笑おうと
笑顔を作りかける。


彼女の中に弟が……深く残した傷を思うと辛くて、
思わず彼女が少しでも早く落ち着くように、そっと抱きしめた。


トントンと背中にまわした指先で、彼女の背中をなだめるように軽く叩く。


ゆっくりと呼吸が落ち着いて、涙が落ち着いた頃、
彼女は恥ずかしそうに、俺の腕の中から離れた。



「あっ、まただ……。
 先生の前では、私乱してばっかり……ですね」


そう言って彼女は恥ずかしそうに笑った。



「確かに先生には違いないけど……、
 その呼び方はちょっと。

 垂髪孝悠。マクサで会っただろ?」

「えぇ。
 それに……神宮でも。

 まさか、神楽を担当するなんて思いもしなかった。
 神楽、指名出来ないんですよ。

 私、まだ一年生だから……神楽させて貰えるの少なくて、
 お掃除ばかりなのに……。

 運がいんだか、悪いんだか……」

「運がいんだよ」



そんな言葉を返しながら、驚くような表情をした彼女を見つめて笑う。

 

「もう……。
 でも……マクサであった時から、少し気になってたから。
 
 今、そんな風に縁が繋がってびっくり。
 神様に感謝しなくちゃ。

 お父さんが倒れたのはいただけなかったけど、
 それでも……だから、こうやって先生と話せてる」

「先生って……また言ってる」

「あっ、ホントだ。
 でも、先生は先生だから。

 私、勢力楓文っていいます。

 それじゃあ、そろそろ行かなきゃ。
 お父さん、今日から検査なんですよね。
 
 私がなかなか病室に顔出さなかったら、お母さんがやきもきしちゃうかも。
 本当に有難うございました」



そう言って彼女は、慌ただしく俺の前から立ち去っていった。



外来患者さんの車が増えだす病院駐車場。
俺は関係者入口から、再び院内へと入ると帰る支度をして病院を後にした。




朝ご飯は病院近くのカフェで簡単に済ませて実家へと車を走らせた。





車内に響くのは、孝輝が歌う『ポラリス』。




彼女のスマホで着うたとして流れていた弟の曲。



あの事故以来、一度も聴いたことがなかった
その曲をこうして、もう一度聞く日が来るなんて思いもしなかった。





動き始める時間。
その時間が……俺には希望と恐怖。 


二つの想いが複雑に交差する、そんな日々の始まりだった。