『Rose Lost』


弟たちが頑張って来たバンドのサウンド。

そして……孝輝の声。



慎哉たちの言葉が再び蘇る。
本当に、彼女は本当にアイツのファンだったんだ。


そう思う気持ちと共に、俺の心を深く突き刺す罪悪感。
ズキっと痛む胸を堪えながら、ただ目の前の少女を見つめていた。


少女は何処と話しているのか、何度も体をペコペコとお辞儀しながら
会話を続けてゆっくりとスマホを鞄へと片付けた。



普段なら、そこで終わる医者と患者の家族。


俺たちの関係はたったそれだけのはずなのに、
声を掛けられずには居られなかった。



「電話、終わったんだ。
 何かあったの?何度もお辞儀して話してたから」

「あっ……先生……。
 いやだっ、見てたんですか?」

「見てたって言うか、思わず視界にね」



話すきっかけは何でも良かった。

ただ……少しずつ気になっていく少女に対して、
この想いの正体を感じたくて。



「電話は職場の上司に……。
 ほらっ、昨日の今日だからお休み欲しくて。

 今朝はって言うか……昨日って言うか、
 父を助けてくれて有難うございました」


少女は真っ直ぐに俺を捕えてペコリと深いお辞儀をする。


「救急隊の人に聞いたら、君も頑張ったって聞いてるけど……。

 お父さんの状態の場合、AEDの存在を思いついた君も、お母さんに心臓マッサージを
 頼んだのもいい処置だと思うよ。
 
 俺はその後、少しだけ手伝っただけだよ」



そう……俺は家族の想いに応えたくて、
そのバトンを受け継いだだけ。


応急的に処置をして、そのまま別の科へと入院させた。


俺は最初の窓口に過ぎない。 

次から次へと搬送されてくる救急患者の窓口である俺は、
処置を終えるとそれぞれの科へと受け入れ手続きをして終わり。



「先生は今仕事終わったの?」

「そうだね。
 仮眠も出来ないほど、慌ただしい夜だったよ」

「そっか……。
 だったら、早く帰って休まないとね。
 体、持たないね」



そう言うと彼女は、にっこりと笑って俺の前から立ち去る仕草を見せる。


もう少し話していたくて、
とっさに出た言葉は『君、UNAを知ってるの?』



本当は、弟の存在を利用して繋がるなんてやりたくなかった。


だけど……孝輝の名前を出せば、
彼女の足は確実に止まってくれると確信があったから。









予想通り、俺の前から離れようとしていた彼女の足はピタっと留まって
その後は小さく体を震わせながら立ち尽くす。



「あっ、ごめん……」



静止したように動かなくなった彼女の正面に回り込んで声をかけると、
彼女は……静かに涙を零して泣いていた。