「孝輝、UNAが好きだって紹介された子、楓文ちゃんと言うんだ。
 お前もFour Rosesって言う彼女たちのバンド、見守ってやってくれよな」



そう言って合掌をといて立ち上がると、愛車の方へと戻って行く。


次の日、俺は家族で神宮の外宮・内宮共に参拝へと出掛けた。

父さんの手術が成功し、抗がん剤の治療も、目に見えた形で効果が確認できる。
それ故に、お礼を兼ねての参拝だった。

古くから言い伝えられる通り、外宮さんから参拝して、勾玉の形のお守りを受ける。
お参りを済ませて車に戻ると、内宮さんで受けた鈴守と共に、
勾玉の鈴守も車のシフトレバーのところへとぶら下げた。

外宮を出て御木本道路を通過して、最短距離で内宮さんへ。
外宮さんから内宮さんに向かうには、天皇陛下参宮の為に作られた御幸道路と言う名の
御利益重視の道もあるが、あえて最短距離で向かう。


昔は混雑時以外は無料だった駐車場も、年月がすぎて駐車場のゲートで管理された
有料駐車場へと姿を変えていた。

内宮側の駐車場へと向かい混み始める時間ながら、一番近い駐車場へと車を入れると、
スーツのジャケットを着て、畏まった装いで鳥居をゆっくりと潜った。

俺も父さんもジャケット着用で、母さんは着物姿。


宇治橋を渡って、玉砂利を踏みしめながら正宮【しょうぐう】へと歩いていく。
石階段を登って正殿【しょうでん】前へと到着すると、
静かにお賽銭をいれて二礼二拍手一礼して、ゆっくりと降り口から離れていく。



そのまま神楽殿の祈祷受付で、手続きをすませて御神楽を申し込む。


神宮での祈祷は主に『御饌』と『御神楽』の二つ。

『御饌』はお祓いをして貰った後、御神前に神饌【しんせん】をお供えし、
祝詞【のりと】の奏上【そうじょう】をもって皆様の真心とお願いごとを届ける形。

そして『御饌』にプラスして、雅楽の調べと舞を奉納する祈祷が、『御神楽』と呼ばれる。
時間としては『御饌』が約15分、『御神楽』が約25分から内容により40分くらいまで。


個人が内宮に出掛けて参拝するときは特別参拝が多いのかもしれないが、
たまには祈祷をして貰うのもいいものだろう。


っと、父さんの一言で決定した初体験の祈祷。
病気平癒を願っての御神楽は、二十分ほど待合室で待って名前を呼ばれた。



父さん母さんと俺と続いてだだっ広い部屋に通されると、
指定された場所へと正座をしてその時間を待った。


静かに登場した神主さんのお祓い。

その後は雅楽を演奏する楽師と緋色の長袴に白い千早を纏い、
紅梅をさした天冠をいただき、右手に五色の絹をつけた榊の枝を持った
舞女がゆっくりと入場してくる。

雅楽の演奏が厳かに始まると幽玄な世界が空間を包み込む中、
順番に舞女が中央にある御神前へと御饌を供えていく。

そして神主さんが祈願内容を伝える祝詞奏上へと儀式は進んでいく。

お祓いと祝詞奏上の間は、正座をして頭を下げておかないといけないのに、
登場した舞女の姿に釘付けになる。


どうして……こんなにも彼女と出逢ってしまうのだろう。


指名をしたわけでもないのに俺たちが正座する前で彼女を含める四人は、
楽師の歌にあわせてゆっくりと舞い始めた。



倭舞【やまとまい】と呼ばれる舞が終わるまで、
金縛りにでもあったかのように、彼女から目を話すことは出来なかった。


倭舞が終わると、再び御神前から舞女たとがお供えを下げて
楽師と舞女の退場。




彼女たちの姿が消えた後も俺の鼓動の高鳴りがすぐにおさまることはなかった。
視線は彼女が消えた場所へと、今も向けられたまま。