父さんの手術が無事に終わって、
慌ただしい日々を過ごしているうちに、
俺が伊勢に戻ってきて一ヶ月が過ぎようとしていた。


新しい職場でも、少しずつ慣れて
この地域独特の医療事情もわかってきた。


俺が勤務する病院は、二次救急と三次救急を請け負っている。


二次救急は手術や入院が必要な救急患者を当番制で受け入れ、
三次救急は重篤な救急患者の受け入れを意味する。

一次救急は、かかりつけ医もしくは夜間休日診療所の協力を得ているものの
近隣の市からの救急搬送も多く慌ただしい時間が続く。


周辺地域の重症な患者さんを随時受け入れて治療していく為、
手術が終わった患者さんはどんどん退院して、地域のかかりつけ医の元へとかえされていく。

そんな患者さんの出入りも慌ただしくて、
時折『ずっと先生に見て欲しかったのに』『小さい病院だと心配だわ。ずっとこのままここで診て貰えないの?』
なんて言う患者さんたちの声も聞き流して手続きをすませて行く。


最初から完治するまで、一人の患者さんと向き合いたい。
そんなスタイルの病院で研修してきた俺には、結構精神的にも厳しくて
どう患者さんと向き合っていけばいいかわからなくなってきた。


毎日のように大勢の外来患者で病院内は埋め尽くされて、
救命救急には次から次へとホットラインが入って救急車やドクターヘリで患者が搬送されて来る。


そんな一分一秒を争っていく現場で、少しでも早くこの環境に慣れようと
必死に走り続けた一ヶ月だった。



ようやく休むことが出来るオフの日。


この日俺は、不動産屋へと病院近くの物件を探しに出掛ける。
愛車を走らせて病院から徒歩圏内でも可能な周辺で、アパートの契約を終えると
実家から軽く引っ越しの荷物を運び出す。

っと言っても、すぐに実家にも帰れる距離なので、
必要最低限の荷物だけを箱に詰めてアパートへと放り込む。

一人暮らしの際に使用していた電化製品や家具は、
別の日に引っ越し業者へと運び込んで貰う手配を終えた。

その立ち合いは母に頼んだため、後は俺が居なくても引っ越しは完了する。



引っ越しを終えた頃には15時をまわりはじめていた。

スマホを確認して、久しぶりに懐かしい場所へと向かう為、
連れに連絡をかける。



「もしもし」

「慎哉【まさや】、久しぶり。
 今日のチケット、まだ残ってるか?」


高校時代の連れでもある親友へと確認の一報。



「孝悠、水臭いこと言うなって。

 マスター、店長、久しぶりに孝悠が来たいって連絡なんですけど、
 いいですよね」


すでにLiveのリハーサルか何かをやっている音を耳にしながら、
慎哉の声が響く。