いや、いたか。
ひとり。
首筋をいつも寒そうにしていた、冷たい家にやってきた、痛みの知らない女が。
もう何十年も経つのに。
こんなに、何度も繰り返し思い出すほど。
染み付いてるように離れてくれない、存在が。
『愛された…記憶がないのは…、あなたも…』
『あなたにも…物語が、あるんじゃないですか…?』
「余計なお世話だ。」
吐き捨てるように、呟いた。
再び花音に背を向けて、裏口に向かう。
「ーーーーーー」
ークローブの、香り。
陰になっているコンクリの道を、一歩一歩、目で追うと、銘柄の珍しい、しかしよく見覚えのある煙草の吸殻が、塊になって落ちている。
直ぐ先に黒い靴があり、辿るように見上げれば見知った顔があった。
「ーお前……」
呼び出しを受けた覚えもなく、ここールナーにわざわざ出向いてくる事も今まで一度としてなかったのに。
「待ちくたびれましたよ。」
まして、こんな明るい時間に。


