オープンすると、店内は俄かに騒がしくなり、 お昼前だというのに、客入りは中々。
スタッフの接客を一瞥してから、再び本に視線を戻した。
途中新作だという冬限定ドルチェと、 真鴨のソテーと生ハムをちらっと試食。
どれも申し分ないし、個人的に好みだからOKを出した。
それから、軽食と一緒に、珈琲も頼んだ。
俺にとってこの店は『その程度』だった。自分が好きな場所で好きなものを食べる。
道楽でやっているようなもんで、上手くいかなくても良い。
いや、道楽、だと語弊がある。
ここを作ったのは、道楽ではなくてー
ーこれは…
そこまで考えた所で、今隣の席に案内されてきた人物によって、脳内の情報が切り替わった。
「あれ?もしかして…カノン、ちゃん?」
マフラーとコートを脱いで、メニューと真剣に睨めっこしている女は、前回会った時とは違い、少し長めの髪を高い所でひとつに纏めていた。
「ーえ?」
そのポニーテールを揺らし、こちらを見たカノンは、驚いたように目を見開く。
「あ。…燈真、さん…」
反射的に会いたくないと思ってしまう女に、どうして俺は会ってしまったんだろう。
しかも、『ここ』で。


