だが、空生は突っ立ったまま、座ろうとしない。
「?」
俺は訝しく思って、手元から空生に視線を戻す。
表情に特段変化は見られない。
が。
視線は、カウンターのグラス脇にあるワインレッドのリボンに注がれている。
ルナのチケット代わりだ。
さっき、カノンが崇に引っ張られた拍子に、手首から解けたのだろう。
「…ちょっと待てよ、あいつには俺まだ用事があるんだけど…」
「え…?」
空生の反応は俺らの予想を裏切るものだった。
驚きの声を出したのは崇だが、俺もうっかり表情には出ていたと思う。
「…いや、なんでもない…」
空生もそれに気付いたのだろう。罰が悪そうに呟いて、口に手を当てると、そのまま外に出て行ってしまった。
「燈真、今のってもらっていいってこと?」
崇がわかんない、と言いながら空生に渡るはずだったグラスに口を付ける。
「いいってことじゃない?」
無責任に答えながら、俺はさっきまであったのに、一瞬目を離した隙に忽然と消えたリボンの行方が気になっていた。
ーまさかな。
過ぎった予感を直視せずに打ち消して、降り出したらしい外の雨音に、気付かないフリをした。


