その瞬間。
「しかも零の奴、実名教えちゃってんの」
急に声を潜めた崇の言葉に、胸がざわつき、引っ掛かっていたものに一度だけ痛みが走った。
「マジ?大丈夫なのかよ」
いくら動揺するような状況でも平静を装う。そういった場数は踏んできた。
軽い感じで言えば、崇が俺に感じている不安要素は拭える。
「マジで、アイツ、何考えてんのかわかんねー」
「だな。」
案の定、崇はへらっと笑ってこの会話を投げたから、俺も頷くだけにとどめ、手元の作業に集中することにする。
ただでさえ、これ以上この会話を続けるのは、得策ではない。
途中から女が向き直って、じっとカウンターを睨めっこするふりをしながら、聞き耳を立てているのに気付いたからだ。
会話が切れると、カノンは顔を上げて不安げに口を開く。
「あの、、それで、、中堀さんは…」
「シッ」
崇が、直ぐにカノンの失言を注意し、カノンは驚いた顔で口を噤む。
「その名前、禁句。」
なんだ、この女。
一体何者なんだ。
誰も言うことのなかった、空生の名前を、なんでもないことのように口にする。
空生のことを何も知らない癖に。


