桜の花も散って。
夏の葉も落ちて。
そろそろ冬の寒さが入り混じる頃。
静は家を出て行った。
夫が不在なのを良いことに、散々悪態を吐いて。
自分の部屋にある物は全て自分の物だと言い張り、部屋にあった金目のものは全部持って行った。
代わりに。
「おにいちゃん!」
純真無垢なまま、何も知らないままで育った、幼い娘を置いて行った。
言葉も達者になって、鏡を見つけると立ち止まってくるりと回って見せる。
家政婦達から、『葉月様はおしゃまさんね。』と言われて喜んでいた。
「葉月。」
18になった俺は、大学受験を控えていて、だからといって焦る事も無く。
この家でのよくある光景に、いちいち動揺したりすることもない。
「そんな所に登ったら危ないよ。」
階段の手摺に器用によじ登った葉月の頭を撫でてやれば、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「だぁって、皆が外見てるから。何かあったのかなぁってお部屋から出て来たの!ねぇねぇ、何があったの?」
皆、嵐のように去って行った静を見送っていたのだ。
俺は、それを階段の上から何ともなしに見下ろしていただけ。
「…静さんが、出て行ったんだよ。」
隠すことでもない。
「ふーん…」
だって、葉月は傷付かない。