謡は逃げた

自宅のしかも自室から逃げるとは可笑しなものだが、逃げる他選択は無かっただろう

悪魔と名乗り謡の前に現れた青年は己の狂気を謡にそのままぶつけた

“喰らいたい”

殺される、と直感的に感じ形振り構わず部屋を飛び出した

正気ではない

悪魔と言う話も胡散臭げで信じられなかったが、先ほどのゾクリと感じた悪寒

逃げなければ、私は殺される。そんなの嫌だ!

時刻は18時を回っている
当たりは薄暗く気味が悪い

「これは夢、これは夢」

震える身体を押さえ公園のベンチに腰掛ける
彼は本気だ、本気で、私を食べたいと言った…

家から飛び出したのはいいが、行く宛がない、後先考えずに行動するのは謡の悪い癖なのだ。

仕方ない、一度家に帰るか

もしかしたら彼はいないかもしれない

ベンチから立ち上がろうとした謡の視線を奪ったものがあった

「傷?」

スカートからチラリと覗いた紋様の様な傷
最近、脚を怪我した覚えはないのだが

「悪魔と契約する上で人間にとってのマイナス面をお話していませんでしたね」

コツコツと、人気のない公園に足音が響く

「切っても切れない縁、ですよ」

謡の前に跪く

「先ほどは驚かせてすみません」

部屋で起こった狂気的な雰囲気はないが、いつ変貌しても可笑しくない

「どうして私に付きまとうの?」

震える身体を押さえ付け真意を問いただす
肩をすぼめる仕草をし、謡に話す

「私が悪魔だから、では駄目ですか?」

「答えになってない!」

怖くて謡はレヴィアタンを直視できない

「我が主よ、どうか私をお許しください」

「けして、あなた様に危害は加えません」

頭を垂れ、許しを乞う
レヴィアタンの一途な思いが謡に伝わった

「…どうして、私なの」

素朴な疑問を伝わる
レヴィアタンは考える様な素振りをし、話しかける

「此処はお身体が冷えます」

帰りましょう、と言って手を差し出す
不思議と抵抗はなかった

春になったばかりなのでまだ肌寒い
レヴィアタンの手を取り歩く
逃げるために必死に走ったつもりだったが
公園から自宅はそこまで離れていない

繋いだ手は、冷たかった