下水流 謡(しもずる うたい)は悩んでいる

その悩み事はそこまで深刻な事ではない、
三ヶ月前に亡くなった祖父の蔵がその原因の一つだ。

母方の実家は神社な訳で、"そういった"巻物やら本やらが詰まっている、置き場に困っている物が収納されている蔵がある

謡は財産、土地、などで揉めている大人達の代わりに蔵を掃除している

問題は掃除のやり方。

祖父の事が好きだった謡は、よく蔵で色んな事を教えてもらった
思い出のつまったこの場所の物を無造作に捨てる事は出来ない

「お爺ちゃん、懐かしいね」

埃まみれの書物を手に取り呟く

謡にとって思い出の場でも、大人にとってはただの古い蔵だろう

取り壊されるのは目にみえている
ならば何冊か持って帰ろう
きっと誰も文句は言わないのだから

掃除を頼まれたが、もうどうしようもない
何冊か手に持ち蔵を出ようとした

ゴトッ

何か重いモノが落ちた音

謡は振り返った
蔵には窓は付いていない
扉から風も入ってこなかった

落ちていたのは本
しかも、とても綺麗な

あぁ、なんて綺麗なんだろう

謡は誘われるがまま、落ちた本を拾い眺める

「謡、帰るわよ」

母の声だ

我に返った謡は手元にある書物を抱き締め母の元に駆け寄る

祖父の家から自宅までそこまで距離はない
車が家に到着し、謡は早足で自室に駆け込んだ

謡は幅広く本を好む

歴史、エッセイ、伝記、聖書、ホラー、SF
などなど

学校でも国語の成績は上位に食い込むほど

そんな謡は現在ある本に夢中になっている
蔵で見つけたある本
内容は“天使と悪魔”

彼らは本当に実在するのだろうか

謡の頭の中はその事でいっぱいだ
他の事に手がつけられないくらい

サタン、ルシフェル、マモン、ベルゼブブ

特に悪魔についてよく載っている

謡はふと、ある名前に目を止めた
“レヴィアタン”

7つの大罪、嫉妬を司る悪魔
蛇がシンボルの海の悪魔

ページを捲ろうとした
だが、指先から感じるピリッとした痛み
紙で切ってしまったんだ

ページが赤く染まる

だんだんと身体がだるくなってきた

出血を止めないと

身体を無理やり動かし扉を開けようとする
その前に、

「あぁ、駄目ですよ。そんなにふらついているならベッドで休まないと」

誰の声?

父でも兄でもない心地よいバリトンボイス

誰かもわからないその人に身体を預ける

「良い子だ、暫く眠った方がいい」

考えたいが、頭がうまく回らない
ベッドの感触が気持ちいい

「おやすみ、小さなご主人様」

最後に見たのは、正装をした血も凍るほど美しい男が謡に微笑む姿だった