三人で坂を登る。
そろそろ眠くなる時間のはずだったが、新しい場所だからか翔は一向にぐずらない。
「この先には?」
「ホテルとゴルフ場。親父はゴルフをしたい為だけに、あの別荘を買ったんだと思うよ」
日差しはまだ高く暖かい。しばらく歩いていると、軽く汗をかいてきた。
園子はバッグから翔のストローマグを取り出すと、麦茶を飲ませる。翔の額にはうっすらと汗の玉。
「抱っこしようか?」
達也が翔に腕を伸ばすと、それを振り切るように再び歩き出した。
「この子は、負けず嫌いだな」
達也が嬉しそうにつぶやく。
「パパに似たのね」
「……まあ、そうかも」

グリーンの風が木々の間を駆け抜けて、達也の白いシャツを膨らませる。園子は水色のワンピースの裾を抑えた。
「これ、懐かしいな」
達也が道端に生える花に近寄った。「見てごらん、翔。不思議な形だろう?」
翔の手がおもむろに伸びて、ムラサキの壺のような形の花をぎゅっと掴んで、引っ張った。
「ああ、潰れちゃった」
園子はスカートを抑えながら、翔の横にしゃがむ。小さな手のひらを開かせた。
「ホタルブクロっていうんだ」
達也が茎の部分をポキンと折ると、花を翔に持たせる。翔はそれを真剣な目で見つめた。
「詳しいのね」
「夏休みの自由研究に、高山植物の研究を出したんだ。押し花をして」
「へえ」
翔が花を右手に持ちながら、またたったったと歩き出す。二人はその背中を追いかけた。
「ここに来ると暇だったから、植物を眺めてた」
「家族で来てるのに?」
「親父はゴルフだ。どこかに連れて行ってもらった記憶はないよ。俺は湖の遊覧船とか、遊園地とか連れて行って欲しかったけど」
「そうなの……」
「ママは、親にどこかに連れて行ってもらった?」
「父が家族といるの、大好きなの。だからしょっちゅう公園とかに行ってたな。特別なところってわけじゃないけど」
「いいお父さんだな」
達也が少し空を見上げる。
「でもお父様も、翔をすごくハワイに連れて行きたかったみたい」
「行っても自分はゴルフのくせに」
達也が呆れるたように言う。それから「でも親父があんなに翔にデレデレになるとは意外だったな」と笑みを浮かべた。
「よくしてくださってる」
「息子と孫じゃ、扱いが違うんだ」

一メートルほど先を歩いていた翔が、つまづいてパタンと転げる。
「あ」
園子は急いで駆けより、立ち上がらせた。
「泣いてない」
達也が少し誇らしげに言う。
「強かったね」
園子は白く汚れた膝を手で払い、再び翔を促して歩き出そうとした。でも翔は動かない。
「翔?」
園子が見下ろすと、翔は「だっだっだっ」と手を差し上げた。
「抱っこ?」
「だっだっだっ」
達也が翔を腕に抱く。「いいよ、ここまでよく頑張ったな」
「随分歩いてきた。戻る?」
達也が尋ねる。
「うん」
園子は達也の背を見ながら、歩き出した。
翔の手には、ホタルブクロが握られている。揺れるとムラサキの花がふわふわと揺れる。
また、風が吹いた。