しばらくして、ようやくカイロが温度をもち始めた頃、男性はこともあろうに雪穂を説教じみたふうに嗜めた。
「若い女の子が、こんな時間にひとりでいてはいけないよ」
そう言って、男性は借りていた雪穂のマフラーを彼女の首に巻き付ける。口まで覆ってぐるぐる巻きにされてしまった雪穂が、犬が水を払うように頭を振ると、男性はその仕草が面白かったのかくすりと漏らした。
「このマフラーは、君ので合っている? 傘も」
「はい」
「――、ありがとう」
いつの間にか、すっかり普通の様子になっていた男性には、さっきまでの悲壮感がまるでなく、雪穂は訝しんだ。墓石に縋っていた理由が気にはなったけれど、ただの好奇心を優先させるべき場所ではない。
雪穂に出来るのは、八年前の祖母のように、傘を差し出して冷たいものから遮るだけ。
「近所なので平気です」
男性の嗜めにようやく答えた雪穂に、尚も男性は大人らしく振る舞う。
「だが……」
背がずいぶん高い男性を見上げながら雪穂は推測する。夜に紛れる黒いスーツは喪服を連想させ、そのせいか実年齢よりか上に見えてはしまうけれど、おそらく三十代半ばくらいだろうか。雪穂よりは確かに年上だ。
「誕生日くらい、好きにさせてくださいな」
けれど、雪穂だってもう成人だってしているのだし。だから引かない。
もうすぐ帰りますから。雪穂が譲歩めいた一言を付け足すと、男性はそれ以上追い込んではこなかった。
代わりに祝福の言葉をひとつ、くれた。
「お誕生日、おめでとう」



