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「嬉しいのだから、仕方がない」
「なん……でっ」
「だってそうでしょう。雪穂さんが、僕に向けてくれる感情の類いが、そんなにあったなんて」
「こんなの、悪意でしかないじゃない」
冬夜は、目の前で素直に混乱する雪穂が愛おしくてたまらなかった。
雪穂に、冬夜は確実に救われた。
そのままでいいと言われた言葉は、妻を快く休ませてあげられるようになるまでの基盤となった。子ども扱いすると膨れる頬や、諦めたような悟りを説いてくるアンバランスさが気になって、何故か毎年通ってしまい。
互いの人生に掠りもしない、なんてことない会話は心地よく、最初の頃の冬夜には確かに必要だった。
それがいつしか、足りなくなった自分に気付き、冬夜は動揺する。
もう、妻のように、大切にしたいと思える人には出会えないはずだったのに。似たような感情を雪穂に抱くようになっていた。
……馬鹿みたいだ。
一年に一度、僅かな時間しか会えない人に。
それに彼女は望んでいない。自分は、望まれていなかった。それは明らかだったと冬夜は理解していて。
一年に一度、それ以上を望まれていないことは明白。けれど、その最初から素直だった表情は逆を語っていて……冬夜は、その意味を解読することが出来ないと悩み、そうしてずるずると月日を費やした。
九重に小説のネタにされたのは腹も立ったけれど――今、冬夜は、心からそれを良かったことだと思えた。そうでなければ、雪穂の気持ちを知ることは叶わなかっただろう。
「感情も時間も。僕は雪穂さんに、何も望まれていないと思っていたから」
そんなわけあるか馬鹿かお前は。冬夜の翻訳は少し乱暴なものだったけれど、雪穂は冬夜の言葉に怒りを表す。優しい優しい彼女は、それを口で紡ぐことはない。
冬夜にはどうしても、雪穂の気にするところの深刻性を感じられずにいた。杞憂なことだ、と。
恋をするのは、馬鹿になるということかもしれないけれど。



