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「……っ」
すりつもりなど毛頭なかったけれど……どうしてこんなに我をなくしてしまったのかなど説明出来るはずがない。顔を伏せようにも、部屋に入ってきた彼と目が合った瞬間、お互いが誰であるかは気付いてしまったのだから。
九重の秘書は、冬夜だった。
なんて偶然なのだろうと神様を恨む。どうせ知るなら、最初からこの場に居てほしかった。そうしたら、あんなこと言わなかったのに。
冬夜だからといって何だというのだ。ただの、冬夜の恋かもしれないそれに、雪穂は動揺しなくてもいい。自分は冬夜を何も知らない。一年に一度しか会わない誰かなど、他にもきっと吐いて棄てるほどいるに違いない。
ソファのほうに置いてあった鞄を取ることも忘れ、雪穂は九重に頭を下げた。
「申し訳、ありません……」
雪穂だけでなく、冬夜までもが平常心を保てていない状況に疑問を抱えながら、九重は今日の打ち合わせをお開きとした。
上司が雪穂を支えながらしきりに九重に謝罪している間も、九重の隣りに立っていた秘書は言葉がなかった。いつもなら形式ばった挨拶を必ず行う男なのにと、九重はただ冬夜の心配をする。
「話す予定のことは終わっていたから気にしないように。それより、早く身体を治すことだ。――、一緒に仕事が出来るといいね」
九重の言葉に、雪穂は頷くことが出来なかった。
玄関の扉が閉まり、雪穂を支える上司の手から余計な力が抜ける。上司は雪穂を怒ることはしなかった。言いたいことや疑問は山のようにあるのだろうけれど、未だに青褪め足どりの覚束ない雪穂を気遣ってのことだろう。
「申し訳ありませんでした」
「……まあ、ここから挽回しろ」



