次の年には忘れてしまう

 
 
一年に一度、短い時間でしか会わないそんな彼女にも救われたと、秘書は寝落ち直前に言ったのだ。


何故か毎年毎年、彼女に会える場所に赴き、ささやかな誕生日プレゼントを贈って、少しだけ話をする。そういう行為を繰り返し繰り返し、やめられないのだと。知ったのは二年ほど前のこと。


それを耳にし、九重の想像は羽ばたいた。柄にもない恋愛小説など書こうと思い立ち、今に至る。


九重なりの、秘書が今度こそずっと幸せでいられるようにとの願掛けのようなものだった。


秘書には胸ぐらを掴まれた。君がモデルだと告げた日のことだ。憤慨のあとに開き直った秘書は、どうせ彼女は気付くはずはないと、九重の秘書らしく身を削ることに了承した。自分は彼女を好きなのかといえばそれは違うとし、結局はフィクションだと言い淀みながら。


以降、ごくたまに酒を酌み交わす際の秘書は、時折彼女のことを話すようになっていく。九重はその変化さえも嬉しかった。


叶うなら、どうかその彼女と、もう一度恋をすればいいと願いながら、九重は頭の中に文字を刻んだ。脳みそが蜂蜜漬けにでもなってしまえと。


そんな秘書を実際に見て、候補者にはラフを描いてほしかった。純粋な物語とはギャップのある現実の男性に戸惑ってもらう。全てを踏まえて描くものを、九重は求めた。……秘書には、候補者へは物語の内容を伝えるだけだと言い、モデルの正体を教えているのは秘密だけれど。


だって怒られちゃうからね、と九重は心の舌を出し、同時にその初心すぎる純粋な恋を自慢したかったのだ。性格が悪いのは自覚している。




けれど、まさかこんな偶然が起こるなど、九重は想像していない。物語以上の現実など、きっと誰も。


「おかえり――冬夜くん」


リビングにむすりとした表情で入ってきた秘書は、挨拶をすることも忘れ、青褪めたままの雪穂を凝視した。