次の年には忘れてしまう

 
 
「ぇ………」


「現実の男性はね、潔癖症なんじゃないのってくらいに掃除が大好きで、編集よりも締め切りに厳しくて口うるさくて頑固で融通がきかない理詰めな男で、わたしはいつも怒られているんだ。このナイフだって生物専用だと、きっともうすぐ怒られるんだろうなあ。洗ってあるんだから問題ないだろうに。困ったものだ」


「あ……の」


「そんな冷徹な堅物がね、ある日しこたま酔わせた席で呟いたんだ。人生二度目、奇跡なんて一度しかないと思っていたのに、優しくしたいと望んだ存在がまた出来たことを――男性はね、実はわたしの秘書がモデルなんだ。…………、椎名さん?」


九重の声が雪穂に問うたと同時に、玄関付近の音が止んだ。


徐々に雪穂の顔が青褪める。何故か震えるその身体に、両手に持ったケーキの皿を落としてしまいそうだと、九重はそっとそれを取り上げた。


「すっ……すみません」


「いや。一旦座りなさい。ゆっくり休んでいってもいいんだから」


雪穂の様子に上司も飛んできて、二人に両側から支えられる形になる。


「いえ……お構いなく。……失礼をしてしまうといけないので今日は帰ります。後日、改めてお詫びに……」


玄関の方から、こちらに向かってくる足音が近付いてきていた。


そんな様子では帰らせられない。それを頑なに拒む雪穂の様子はまるで駄々っ子で、先程までの落ち着いた態度とは振り幅が大きすぎて、九重だけでなく上司さえも戸惑っていた。


「ならば秘書に車で送らせるから。それでい……っ」


「駄目ですっ!!」


もう、雪穂には状況に構っていられる余裕は微塵もなかった。あるのはただ、この場から逃げ出すことだけ。


だってそうしなければいけない。


何故?


違うかもしれないのに?


雪穂は、自分が語ってしまったことを呪うしかなかった。