「凄い。こんな便利なもの初めて見ました」
「妻が何処かから買ってきたんだが、そうだろう? 保存もきくしね」
「私も欲しくなりました」
仕事相手になるかもしれない、しかも有名な作家に対して、雪穂はすっかり懷いてしまっていた。もし自分を選んでもらえたとしたら最上級の仕事だと言ってもらえるようにと意気込む。
九重の切り分けたタイミングに合わせるように皿を差し出し、シフォンケーキが乗せられたあとにクリームを添える。綺麗に出来たと喜ぶ雪穂に、九重は呟いた。
「男性は――ああ、さっきの続きね」
「はい」
ことりともう一枚、雪穂は九重に皿を差し出す。
「周囲に諭されても、まだ自分が彼女を好きだと認められないようだ。ただ、もっと、彼女に優しくしたいんだと。その機会が欲しいらしい。足りないんだとさ。もっと明るいところで、凍えて震える以外の場所で、心から笑わせてあげたい。痛みを伴った表情なんてさせたいわけじゃない――優しくしたくて堪らないんだとさ。椎名さんの彼女の理由とは同じようでいて、真逆だろう」
「そう、ですね」
小説の男性は“もっと”を願った先で優しくしたく。雪穂は、願わずに優しくありたい。
おそらく、男性のほうが正常なのだろう。
「その男性は素敵な方ですね。私、小説の中の人にきっと恋をしてしまいます」
四枚目の皿にクリームを添えた雪穂の頬は、誰を想ってか色づいていた。九重は自分に娘はいない。いたらこんな感じだろうかと胸が温かくなり、実際の親子ならこんな話題は腹を立てるだけかもしれないと想像だけで泣けてきそうになり、雪穂の頭にぽんと手のひらを置いた。
「まあ、現実のそいつは鬼のように恐ろしい男なんだけどね」



