次の年には忘れてしまう

 
 
「ただ、優しくありたかっただけなんだと思います。彼女は」


最後に加えた雪穂の言葉に、何故か九重は目を見張った。


「九重さ……」


何か失礼があったのかと雪穂が訊ねようとしたところ、リビングの扉が揺れた。どうやら玄関が開いたようだ。戻りましたと声もする。


それに反応した九重は、いそいそと席を立ち、先程雪穂が持ってきたシフォンケーキの箱を冷蔵庫から取り出し、四枚の皿に切り分け始めた。


「すまなかったね。水だけのもてなしなんて。秘書が帰ってきたから珈琲をやっと淹れられる」


「そんな、お構いなくっ」


「生憎妻は今日居なくてね。妻の珈琲が一番なんだけれど、二番手ので我慢してくれ」


丁寧にシフォンケーキを切っていく九重に恐縮してばかりの上司と雪穂は連れ立って九重に近付くけれど、切り分けたケーキ皿を持たされるだけの、配給のような空間が成立してしまうだけだ。先ずは上司が席に戻される。


落ち着かないまま九重の元に立ち尽くす雪穂は、がさ、ごそ、と玄関の方で音が鳴り止まないことに気付いた。そちらに意識をやっていると、九重から放っておけばいいと苦笑されてしまった。


「気にしなくていいよ。あいつはたまに訳のわからない行動をとる。本人に言わせたら理由はあるのだけどね。それか買い物袋に穴が空いて焦っているとかかな」


「でしたら私、お手伝いを」


「それなら、こちらを手伝ってくれるかな。ここを押せばもう出てくるから」


冷蔵庫からホイップクリームのポンプを発見した九重は、それを雪穂に手渡した。甘いものには最善を尽くすのが礼儀だと九重は楽しそうで。


こちらを所在なげに見守る上司をよそに、雪穂はまるで、父親との時間のようだと疑似体験を楽しみながら、ホイップクリームのポンプを楽しげに眺めた。