「まるでおとぎ話のようだろう?」
「そう、でしょうか」
「椎名さんは優しい方だ」
「そうでしょうか。私は案外勝手な人間だと、落ち込むことばかりです」
頷かなかった雪穂を心配していた上司も、そこに機嫌を悪くする九重を感じなかった為、雪穂にそこからは全権を預けたようだった。ようやく水を口にする。普段、あまり自発的に意見をしない雪穂を案じていたのだけれど、それも今日は心配ないと思ったようだ。
「編集者の方が今日いらっしゃらないのは、何か意図が……」
一度、雪穂が唐突に話を切り上司がまた慌てる。九重はそれに笑いながら気にしてはいない様子で答えてくれ、雪穂は話す程に九重のファンになっていくようだった。サイン会があったら次回は参加しようと誓う。
「わたしがお願いしたんだ。気になる?」
「いえ。何故なのかと思っただけで」
「それなら話を続けよう」
そこから、話は途切れることなく続いていく。九重の声の他には、時折頷く雪穂の短い相槌の他、静かに稼働する加湿器の音が響くだけとなった。
「先程も言った通り、一年に一度、十二時になる前――あ、これは夜のほう――に彼女は何処かに帰ってしまう。そんな女性に恋する男の話だ。……全く、どこの織姫彦星かシンデレラだよって愚痴りたくなる内容でね」
けれどその話をする九重の表情は慈愛に充ちていて。
「だからね、表紙も、まるでそれは絵本のようなおとぎ話のような、淡い色彩でいければと思ったんだよ。可能なら、わたしの書いていく話を傍で時折聞いてもらい、そうして共に作り上げていきたいと」
タイトルもその流れの中で自然と決まっていくと、九重はそう確信していた。



