次の年には忘れてしまう

 
 
ペットボトルのミネラルウォーターを人数分持ってきた九重は、ソファーに縮こまる雪穂を見つめ、こんな娘が欲しかったと眼鏡の奥の目を柔らかく細めた。妻との間には息子ひとりしかおらず、今は離れて暮らしているらしい。


「っと、こんなことばかり話していてはいけないね。いつもは秘書が止めてくれるんだけど……生憎、豆のお使いでね」


そうして仕事の話に戻る。九重は、今度の試みは自分でも初めてで、要領を得なかったら申し訳ないと、頭を下げることから始めた。慌てて上司も雪穂も九重以上に頭を下げる。


九重自身、本の装丁にここまで足を踏み込むのは初めてのことという。


今回の小説の内容は恋愛ものらしい。


「――、一年に一度しか会えない、十二時になる前に帰ってしまうお姫様に恋する男の話なんだ」


「……」


「それは、今までの九重さんからは離れた内容ですね」


先生と呼ばないでほしいと、九重には最初に言われてしまった。


「そうだね。恋愛もの自体、商業としては初だ」


「それは注目されますね、きっと」


少し、雪穂は上手く表情を作れなくて困ってしまっていた。その間にも九重と上司の話は進んでいく。


……少しばかり、自分の状況と重ねてしまった雪穂は、けれど主人公は男性で雪穂とは別人だと、大御所の作家ではあるけれど、こうしてアイデアとして思い付いてしまうくらい、自分の恋愛は何処にでもあるものだと落ち着かせる。


二人の話が一段落したのを見計らってペットボトルに口をつけた雪穂に九重は気付き、そうして、また眼鏡の奥の目を柔らかく細めた。


「椎名さん。仕事の詳細を語らせてもらってもいいかな。ここまでわからないことばかりなまま出向いてもらってすまなかったね」


邪念を振り払うようにもう一口水を含み、雪穂は両手を膝の上に揃えた。