次の年には忘れてしまう

 
 
――……


ごく普通の住宅街の、他より少し大きいけれど、世間一般で大豪邸とは言わない一軒家が九重の自宅だった。外観は黒が多くてスマートだなあと、雪穂はそれ以上の感想をもつ余裕がない。


インターホンを鳴らすと、出迎えてくれたのは九重本人で、その顔を知らなかった雪穂は上司の態度を見て察した。


九重は、雪穂の父親と同世代。こめかみあたりに白髪はあるけれどシャープな眼鏡を掛けていて若々しさを感じる。色黒で、小説家だとは一見見えない快活な男性だ。おまけに背が高いものだから雪穂は首が痛い。最初から大きな目と口を存分に開けて笑う、親しみやすいおじさまといった感じだ。


作品もその九重が書くものらしく、今一番有名なのは弁護士シリーズで、キャラクターが所々ふざけてはいるけれど、軽薄な印象は受けず痛快で気持ちがいい。雪穂も観ていたドラマがそれで、面白くて原作も買った。


玄関のタイルは頻繁に磨かれているのか、蓄積されていく日常のくすみがなく、九重の妻はよほどの綺麗好きなのだなと、雪穂は己の怠惰を反省する。


九重が出すスリッパを恐縮しながら履くと、挨拶もそこそこに、廊下の先のリビングに通された。


家中のどこもほわりと暖かい。床暖房のそれに惚けて歩いているうち、アットホームな雰囲気にのまれ、雪穂の身体の強張りは徐々に解れていった。




「珈琲を出したいんだけど、豆を切らしてしまってね」


そうして、茶葉を珍しく自分で準備しようとしたら間違えてごみ箱に捨ててしまった。ジュースも青汁もない。ソファーに座るのを促され、腰を下ろす前に上司共々正式に挨拶したあとの言葉。雪穂の手土産のシフォンケーキをかぶりつきそうな勢いで見つめながら、九重は眉を下げた。