雪穂の服装は、カーキのニットに白の膝丈スカート、黒のタイツとショートブーツ、今日は暖かく冬のコートは必要ないと羽織ったストールは白で、同系色の薄い千鳥格子の柄がある。友人たちには地味だといつも言われるけれど、雪穂のお気に入りたちだった。
「えっ、九重聖人!?」
上司から告げられた先方の名前に、雪穂は思わず大きな声を上げてしまう。
「呼び捨てはいかがかものか……椎名」
「すっ、すみません……でも、九重先生が、なんで私なんか……」
どうしよう……いくら指定だったとはしても、もう少しちゃんとした服装で来るべきだった……。雪穂は先方の名が、有名な小説家であることを今初めて聞かされた。
九重聖人――作品の多くが映像化されており、幾つかの作品が文学賞をとっている、名前だけなら読書に興味のない人間でもそれを知られている。雪穂は目にしたことはないけれど、サイン会をわりと、テレビにも出演したこともあるらしい。
その名前に怯む雪穂の緊張を解くように、九重は優しい人物らしいよと上司が噂を口にする。気休め程度だと、上司からも多少の緊張が伺えた。
「ぬか喜びさせてすまないが、まだ椎名に決まったわけじゃない。今度の九重先生の作品は、今までとは毛並みが随分と違うらしく――」
――その小説の雰囲気に合った作風をもつ、比較的ベテランではない人物を探している、と。それが雪穂にも当てはまり、九重は、他にも幾人かいる候補と直接会い、そうして決めたいと駄々をこねたそう。作品の編集者と顔見知りだった上司は、その人が泣きながら東奔西走していると苦笑いしていた。
「詳しい内容は、九重先生から話したいそうだよ」
もう少し細部まで知っていそうな上司だったけれど、これ以上の情報は与えてもらえなかった。



