次の年には忘れてしまう

 
 
そんなことを誓う雪穂の身に、欠かすことなく、冬夜との年の瀬の邂逅は続くこととなる。初めの年から合わせれば七年。毎年毎年、気付けば冬夜は雪穂の背後にいて、こんばんはと声をかけてくれ、誕生日を祝ってくれる。


下手したら干支を一周。いやどちらかが死ぬまでか。妥当なのは冬夜がこの日この時間に来なくなるまでだろう。雪穂は想像に身を焦がした。


けれどそれだけ。それだけだと、雪穂は毎年毎年、十二月三十一日に照準を合わせて普遍であろうとする。


あの日、最愛の妻だった人の墓に縋った冬夜を好きになった。認めた。あのときの冬夜を含んだ冬夜をずっと大切にしたい。


それには、雪穂自身が普遍でいなければいけなかった。


冬夜への立ち位置も気持ちも過ごす時間も何もかも。髪形や服装さえもなんて馬鹿みたいと、姿見の前で自分を笑う。







毎年毎年、欠かさず雪穂に誕生日プレゼントを携えて冬夜は、十二月三十一日の夜にやって来る。いつも冬夜の手のひらサイズの、食べてしまえば消えてなくなるお菓子なところが憎らしい。これを間に押し問答さえも叶わず、貰って困る境界線ぎりぎりの受け取れるものを、雪穂は毎年冬夜から笑顔で贈られる。


どこかの年の会話の中で、雪穂の祖母仕込みのおせち料理の話題に触れ、冬夜があまりに食べたそうにしていたものだから、次の年には作っていこうと心で誓い、帰宅してから鼻で笑う。翌年に持ち越さないなんて、いったい誰がそんなことを言ったのだろうと過去の自分を嘲る。栗きんとんだけを、毎年貰うプレゼントのお礼と、雪穂は次の年に冬夜へと渡した。