ここでようやく、雪穂は冬夜の名前を知り、雪穂も自分の名を告げた。今さらすみませんと言う冬夜に雪穂もこちらこそと頭を下げると、そこには穏やかな空気が流れる。お互いに、その知った名前を使うことはしなかったけれど。
「貴女のおかげです」
「まさかそんな。……でも、少しでもお役に立てていたら、幸いです」
「謙遜がお上手だ。まだお若いのに」
「とっくに成人済みです」
「おじさんからしたら充分若い」
何故この人に、子ども扱いされると腹が立つのだろう。普段あまり膨らませることのない頬をそのようにし、雪穂は冬夜に抗議の眼差しを向けた。これも、あまりしない行為。
「おじさんだとは思いません」
何も……名前しか知らないのに何を言っているのだろう。雪穂の膨らんだ頬には赤が加わる。
一年前よりずいぶん回復したように見える冬夜は、この目がそう見せるのか、現実か。雪穂より確かに歳上ではあるけれど、大人ぶる様子が増したような気がして、雪穂は寂しさを感じた。
「お誕生日、おめでとうございます」
「え……っ」
「それと、おばあさまに手を合わせさせていただけますか?」
「は……い……」
冬夜は雪穂に一礼したあと、その長い足を折り曲げ祖母の墓前で目を閉じ手を合わせる。所作が流暢で映画のワンシーンのようだと雪穂は見蕩れた。
冬夜が目を閉じているからと、雪穂は彼を観察するように見つめてしまう。視線で穴が空いてしまう世界だとすれば、冬夜はもうとっくにそうなってしまっているだろう。
寒さでかじかんだ冬夜の指先に雪穂はしもやけを心配する。そこから視線を移動させていくと、左手の薬指には指輪がはめられていた。少しサイズが大きく見える。日常生活の合間に思わず抜けてしまいそうなところを関節で留まらせているような状態なのかもしれない。



