次の年には忘れてしまう

 
 
――……


墓地から家までの道を歩いている途中、いつもなら寝静まる界隈は今日は人の気配がある。ちらほらと、門扉を開けて外出する集団も。全員が降る雪に喜んでいるのが微笑ましい。


賑やかでいい。毎年、いつもはもう少し早く帰宅の途につくのだけれど、この時間帯のほうが安全そうだ。雪穂を毎年その件で怒る友人も、これなら頷いてくれるかもしれない。


雪穂は右手にバースデーケーキの箱を持ち、あとは手ぶらだ。自宅は本当に墓地から近くて、コートのポケットに鍵さえ入れておけばいい。今日は財布も持っていて良かった。携帯電話も持ち歩けと、そういえば去年のお正月言われたような気もする。


バースデーケーキの箱以外は手ぶら。傘は、あの男性に押し付けてきた。どうぞ捨て置いて構いませんと伝えたが渋られ、では要らなければ墓地の入り口に立て掛けておいて下さいと。


おそらく雪穂よりも遠くから来た、黒いスーツだけの男に使ってもらうのが最善だろうとそうした。半ば無理矢理だったのは否めないけれど。


けれどあれでは風邪をひいてしまう。傘があっても怪しい様子で。マフラーも、渡してしまえば良かった。


「……」


背の高い人だったな。雪穂は男性の顔があったあたりの高さを見上げてみたけれど、首が痛くてやめた。寒いから、どこもかしこも縮こまって伸びやしない。


黒いスーツでなければ、予想よりもう少し若いかもしれない。寂しく笑ったときにしか、その奥二重の目尻に皺はよらず、片頬のえくぼが可愛かった。墓に縋る肩や撫でた背中の曲線がしなやかで綺麗だと思った。透き通ったテノールの声は、耳に心地よかった。


どうかあの人が今日は元気でいられますように。


袖触り合うくらいにはなれたかしらと、もう会うこともない人だから勝手に、雪穂は男性のことを思い願った。