あと5センチで落ちる恋



「残業お疲れ様です」

「お互い様だろ」


課長は自動販売機にお金を入れ、ブラックの缶コーヒーのボタンを押していた。


「どうだ、あいつは」

「市原くんですか?いい子だと思いますよ。これからどんどん仕事を覚えて成長していくのが楽しみです」

「…お前を教育係にしてよかった」


ハッとして課長の顔を見ると、コーヒーを片手に窓の外を眺めていた。

その一言を課長からもらえるだけで、どんなに嬉しいか。思わず頬がゆるむのを、コーヒーを飲んで隠した。


(…今しかないよね)

ぎゅっと手を握り、背筋を伸ばした。


「あ、あの課長、実はお話が」

「なんだ、やっぱり大変か?」

「いえ、仕事とは関係のない話なんですけど。これを伝えたくて、今日お昼からずっと課長と話す機会を伺ってたんです」


俯いて言い出しにくそうにしている私を、きっと課長は怪訝そうに見ているだろう。


「すごく言いにくいんですけど、」

「…ま、待て、大事な話か?」

「でも今しかチャンスないなって思って」

「おい、」

なぜか少し慌てた様子の課長。
その手がこちらに伸びて来そうになった瞬間、私は思いっきり頭を下げた。


「お願いです!———」