「はい、タオル」

私は白いタオルを手渡される。

連れて行かれたのは美容室だった。
お客さんは誰もいない。

「僕、美容師なんだ」

男の人はそう言って沸かしていたコーヒーをカップに注ぎ、私の前の机に置く。

「身体冷えたでしょ。コーヒーでも飲んであたたまりなよ」

私はタオルで髪を拭く気にも、目の前のコーヒーを手に取る気にもならなかった。

「なんでさ、傘もささずに歩いていたの?」

男の人は私に尋ねる。
でも私は、答えられなかった。

ふいに目の前の鏡に目をやる。
目の前の鏡に映った私は、ひどい顔をしていた。

胸の下まで伸びた髪。
もう、意味なんてない。

「お兄さん、美容師なんですよね」

私はコーヒーを飲む男の人に尋ねる。

「そうだよ」

「私の髪、切ってくれませんか」

彼のことを好きになってから、ずっと伸ばしていた髪。
私はそっと髪に触れる。

「せっかくそんなに長いのに。いいの?」

「もう、伸ばす必要がなくなったんです」

私は泣きそうになり、下を向いた。

「なんで?」

男の人は私に尋ねた。

「答えたくないなら、答えなくても良いから」

私は暫く悩んだあと、男の人に話し始めた。