失恋シンデレラ

「あなたはなぜ、髪を切るんですか?こんなに長いのにもったいない」

男性は慣れた手つきでシャンプーをしながら、私に尋ねた。

「失恋、したんです」

初めて会う男性に話すのは、抵抗があると思っていた。
なのになぜがすっと"失恋"の2文字が抵抗なく口から出たのは、私自身も驚いた。

「数学の先生が好きだったんです」

私はさっきの数学科準備室での出来事を思い出す。

目の上に水が飛ばないようにと置かれたタオルに、涙が染み込んで流れない。
泣いているのはばれたくなかった。

「でもさっき、聞いてしまったんです。先生が高校生の時に付き合っていた彼女亡くしたこと。彼女と通っていた学校で、彼女を想って教師にまでなったことを。そんなの聞いたら、私に勝ち目なんてないじゃないですか」

「告白は、したの?」

「…いいえ」

私は少し間を置いてから返事をした。

「できませんでした。先生と彼女の間に、私が入る隙なんて1ミリもありませんでした」

涙がタオルに染み込んで、目のまわりが冷たい。

「少しでも大人っぽく見えるようにと伸ばしていたのに…もう意味がなくなっちゃった……」

美容師の男性は私の髪に、優しい手つきでトリートメントを染み込ませていく。