「あっ、ありがとう」
重いものをさらっと持ってあげちゃう彼とそれに照れながらお礼を言う彼女。
こんな状況を目の当たりにしたら、さっきみたいに幸せ分けてもらった!って私まで幸せな気持ちになれる筈なのに、今はそうならない。
寧ろ、胸が何度も針で刺されているみたいにチクチク痛い。
黒髪に黒縁メガネ。それと長い睫毛。
私の目の前で彼女と話している彼女の彼氏。その彼から目が離せなくて、胸が苦しくて、息が止まる。
彼女に笑いかける彼の顔は、毎日彼を見ていた筈なのに、一度も見たことのない顔で。
これが好きな人に向ける顔なんだって思い知らされる。
私なんてまるで居ないかの様に進んでいく二人の会話。それを耳にしながら一度ギュッと歯を噛み締めると、やっとのことで重い口を開く。
「えと、……仁先輩?」
私の発した言葉で、やっとこの場に彼女以外の人が居ると気付いたらしく、私の方へ向けられる仁先輩の顔。



