部屋の鍵をいつもよりもゆっくりカチャンと閉めた時、成美に「名残り惜しそうだね」と言われたけれど、私は首を振った。



「名残り惜しいっていうよりも、これでおしまいって感じ」



そう呟くと、お母さんが「今まで一人で頑張ったね。お疲れ様」と背中に手を当ててゆっくりとさすってくれた。


お父さんに背を向けて知らない土地で一人で頑張ってきたことを思い出して涙が出そうになったけれど、涙を見せるのが恥ずかしくてぐっと堪えた。






久しぶりに歩いた音羽の町のメインストリート。

ゴールデンウイーク前後になると桜並木になってとっても綺麗なのだけれど、もうすっかり葉桜だ。

太鼓記念館の入り口にある桜の木も同じように葉桜になってしまっていた。



「桜見れなかったの残念だったな……」



桜の木を見上げながら呟くと、隣に並んでいた翔太が当たり前のように「来年一緒に見ようよ」と言葉を返してきた。

翔太があまりにもしれっとそんな台詞を言うもんだから、私も負けじと「再来年も」と返した。

翔太と顔を見合わせて笑うと、翔太の大きな手が私の頭にのっかりぽんぽんと軽く跳ねた。



「お帰り」



「ただいま」



まるでそれは、私と翔太の挑戦が始まる合言葉みたいだった。