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自宅のベッドの上で冷静になって考えてみる。
理紗にとって最大の裏切りであった逃避行は、修二と菜穂にとって人生の中で最もの密度の高い時間であったのかもしれない。
全てと引き換えにお互いの手を取ったのだ。
その手助けをしたことを、後悔したことはなかった。
少なくても今日、理紗の話を聞くまでは。
目を閉じて、感情を抑えて静かに自分に言い聞かせる。
あれは事故だ。
理紗の行動が引き金になったと言い切れる証拠もなければ、理紗を責めたところで沙世子と真湖が元通りになるわけでもない。
それでも……。
二人の遺体を見せられたときのことを忘れることは出来ない。
何か一つだけでも、ほんの数秒でも違っていれば、二人が命を落とすことはなかったのだ。
抑えていても感情が揺れ動く。
誰のせいにも出来ず、自分ばかりを責めてきた。
だからこそ、誰かのせいにしたいのかもしれない。
起き上がり、カーテンを開くと夜空に月が光を放っていた。
冬真は答えを求める時はいつもそうするように、外へ出て『You‐en』までの道を歩く。
自宅から店までの間に小さな湖があり、その湖面に月が映っている。
湖面に浮かぶ月を見つめた。
触れることは叶わない、静かに穏やかな光を放つその存在は今の冬真にとっての沙世子だ。
冬真は心で呟く。
そこにその光があるように、今、この命を静かに生きればいい。
楓が言うように、沙世子の残したレシピで、人々に喜んでもらえばいい。
後悔は全て湖に放り込む。
姿を月に変えた沙世子が湖に光を与え、この心を救ってくれる。
『You‐en』に、自分の居るところに、楓やみんなの笑顔さえあれば、何に拘ることもない。
何が変わらなくても、何が変わっても、それでいいんだ。
それこそが、自分が今、この場で生きている所以なのだから。

