「なぁ、冬真。お前に相談があるんだけど」
この時、冬真は浩介から『You‐en』の話をもらった。
戸惑っている冬真に浩介がため息交じりの苦笑いを見せた。
「さっきのを見てもわかるだろ。楓がお前を一人にしておけないんだよ。一人で苦しんでいるのを見てられないって。俺だってそう思う。生きていることに真摯になれ。それにこれは悪い話じゃないだろ。お前にとっても、もちろん俺にとっても、だ」
「……俺なんかにできますか」
畑違いのサラリーマンで、およそ愛想のいいタイプではなく、その上生きることに憔悴しきっている今の自分に、カフェを任せるなんてこの夫婦は何を考えているのだろう。
「冬真君、沙世ちゃんのお菓子レシピノート、まだ持っているんでしょう? それを無駄にしたくないの。生かしたいのよ。私たちに力を貸して」
冬真の心に、楓の〈生かしたい〉の一言が響いた。
楓の口から沙世子のレシピノートの話が出たことが、冬真の心に光を注いでくれた。
「今のままじゃ、お前、空を見上げられないだろう。いちばん下まで落ちたのなら、行き先は顔を上げて探すしかないんだよ、な」
しみじみと言いながら、浩介が頷いている。
「沙世ちゃんの考え出したデザートたちがこの町の人たちを喜ばせ、そして愛されるって素敵だと思わない?」
浩介の深い瞳と、楓の言葉が持つ力に、冬真の心が動いた瞬間だった。
「……やります……俺に出来るのなら」
夢の中で沙世子が言ったことが現実となった。
九月十七日、最愛の二人の墓石の前で一度眠りにつき、そして生きる目的を与えられた。
再出発する冬真の誕生日になったのだ。

