ゆえん



東京へ向かう車の中で、修二は一緒に連れてきた女性が既婚者であることを冬真に告げた。


〈今日のことは黙っていてくれ〉


立ち入ることは出来ない何かを感じ、二人の行動には何も口を出せなかった。

ただ二人の望み通り東京駅まで送り届けた。

車を降りた時に修二は大学を辞めること、親には事後報告することを冬真に告げた。

相手の女性は一言も喋らずに冬真に深く頭を下げ、そして修二の顔を切なげに見ていた。


〈落ち着いたら連絡くれよ。誰にも言わないから〉


冬真はそれ以外、何も言えなかった。


修二から大学に退学届けが出されたのは、その一週間後だった。

三度ほど修二の親から電話がきたが、「何も知らない」と答えた。

胸が痛んだが、友との約束は破れなかった。


ヴォーカルが居なくなっても、また新たにヴォーカルを探して冬真たちはバンドを続けていた。

音信不通になった修二に腹を立てているメンバーたちの中で、冬真は修二との約束を守り続けた。

就職活動に本腰を入れなくてはならなくなった四年生の春にバンドは解散した。


卒業間近になって一度だけ修二から電話が来た。

修二は仕事も見つかり、なんとかやっていることを冬真に告げた。


〈あの時はほんとうにありがとうな〉


彼女の離婚が成立して、今は二人でささやかに暮らしていると、照れ臭そうに言っていた。

冬真はこのことを沙世子にだけは話しておいた。


〈幸せに暮らしているなら、良かった〉


沙世子は冬真にとって大切な話を人に話すようなことはしない。

修二のことは冬真と沙世子だけの秘密となった。