スタジオの窓の前で立っていた理紗の表情が動いた時に、スタジオから一人の少年が出てきた。
あれは大平直斗という高校三年生だ。
毎月五、六回ほど、スタジオの予約を入れてくる高校生バンドのヴォーカルだった。
理紗と直斗はとても親しげに言葉を交わし、直斗がスタジオ内に戻ると、理紗はカフェコーナーに入ってきた。
「今日は……ドリンクバーで」
理紗が初めてカフェオレ以外をオーダーした。
冬真がドリンクバー用のグラスをカウンターに置く。
「百五十円です」
「はあい」
財布から百円玉一枚と十円五枚を取り出して、理紗はグラスを受け取る。
「ありがとうございます」
先日までの表情とは違い、理紗の顔に微笑みが自然と溢れていた。
一瞬、本物の沙世子が現れたのかと思ってしまうほど冬真には愛らしく見えてしまった。
そんな冬真の心の動揺に気付くこともなく、理紗は窓際の席に一人で座った。
それから四十分、理紗は誰とも会話することなく最初の一杯だけをゆっくり飲みながらカフェコーナーにいた。
瞳はここではないどこか遠くを見て微笑んでいるようで、フワフワと心が浮いているのが伝わってくるほどだ。
時々なんとも言えない幸せそうな顔をして、その瞬間の表情が沙世子により似て見えた。

