ゆえん



店内がいつもより混んでいて、私は美穂子が来ていることなどすぐに頭の中から消えていた。

返却口に溜まっていたグラスや食器を洗い場へ持っていき、空いたテーブルを拭きながら、一番奥の席に、美穂子が連れてきた女の子が一人で座っている姿が目に入っても気に留めていなかった。


客が引けて来て、一息ついた時に冬真さんが奥の席をずっと見ていることに気付いた。

そこにはあの女の子が一人でポツンと座っている。

目の前のグラスも空になっていて、じっと持っているウサギのぬいぐるみとそこに座っていた。

五分くらい経過しても、女の子は一人でそこに居た。

見かねたのか、冬真さんはカウンターを出て女の子の傍へ行った。


「こんにちは」


冬真さんは腰を低くして、女の子と目線の高さを合わせていた。

その横顔は何とも言えない優しいもので、時折見せる穏やかな表情より更に心を和ませるものだった。

女の子は冬真さんに視線を向け、持っていたウサギのぬいぐるみを冬真さんの前に差し出した。


「かわいい? マユね、うさぎ、だいすきなの」


幼い少女独特の愛らしさで冬真さんに笑顔を向ける。


「ウサギが好きなのか。耳が長くて可愛いね」


小さい女の子なら、いつもクールな印象の冬真さんの顔をここまでにこやかに出来るのかと感心してしまう。