ゆえん



高校に入ってから、昇降口で誰かを待つということを、俺は今までしたことがなかった。

一組の下駄箱に、まだ楓の靴があったから、俺は靴を履いて、下駄箱の側面に背を預けて、帰っていくほかの生徒たちの後ろ姿を見ながら、楓が出てくるのを待っていた。

後ろから、ショートヘアの女子が俺の横を通り過ぎて、立ち止まった。


「浩介、誰を待っているの?」


千里子が俺の顔を覗き込むように見ていた。


「千里子」


俺が千里子の質問に答える前に、千里子の名を呼んだ男が居た。


「帰るぞ」

「はぁい。じゃあね、浩介」


千里子はその男と並んで、歩いていった。

あれが噂の二年生か。

五メートルほど歩いてから、千里子だけチラっと後ろを振り返り、左手を小さく振って俺に見せていた。

それから五分ほど待って、楓が出てきた。


「ごめん、待った?」

「いや、大丈夫だよ」


昨日も感じたが、楓は毎日のように顔を見ていた頃に比べて、かなり大人っぽくなっていた。

少し痩せたのかもしれない。

その分、無邪気な笑顔とは少し違う、大人びた表情に感じるのかもしれない。

とても綺麗だ。


「待っていてもらったのに、申し訳ないけれど、今日これから、買い物に行きたいの。今日、スーパーで野菜の安売りがあるから」

「あ、じゃあ、俺も付き合うわ」

「そう? なら、早く行こう」


楓が走り出した。